突然の
「あ、おかえり」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、同室の一人が帰っていた。
201号室は敗退組復帰後もメンバー変更はなく、三人で部屋を使っている状況で、全員、在籍している学校が違うため、部屋に戻るときはバラバラであることも多い。
「おお、不二くんただいま。もう風呂行ったんやなぁ」
「うん。ちょっと人少なくなってきたころだし、今行くとちょうどいいかも」
「お、ホンマに? おおきに」
干してあったバスタオルを引っつかみ、白石は既に用意されていた着替えを抱きかかえる。部屋を出ようとしたところで、白石は足を止めた。
「あ、そや。夜、四天宝寺のメンバーでお笑いトランプやろう思てるんやけど、不二くんも良かったどうや?」
「お笑いトランプ?」
聞きなれない言葉に不二は思わず首をかしげる。すると、知らんのか、と丁寧に説明してくれた。
白石の話では、ババ抜きだとババを引いた人はその場でボケてから次のカードを引いてもらえるという。誰がババを持っているのかバレて面白くないのじゃないか、と疑問を口にすると、予想外の言葉が返ってきた。
「甘いなぁ不二くんは。こっちは大阪人やで? 素直に勝つよりどれだけ笑いを取れるか。ババをいかに多く引き、けど勝ちたいから最後には残さんようにするか。笑いと知略の巡らし合いなんやぞ!」
「へぇ、なんだか、見てるのは面白そうだね」
クス、と笑いながら言う。
その不二の反応に白石の目が輝く。
「それやったら不二くんも来るか? 結構ハマるでぇ」
「そうだね、……あ」
ふと、嬉々として話す白石の後ろに立った人影に気づき、不二は言葉を止める。
その現れた人はくすくすと小さく笑いながら部屋に入ってきた。
「廊下まで聞こえてきたよ、楽しそうな会話」
「お、幸村くんおかえり」
「ただいま」
「おかえり、もう話は終わったの?」
「うん、まぁ。ちょっとしたことだから」
立海の部員に声を掛けられて、何か話をしていた幸村は部屋へ入るとすぐにラケットケースをベッドの横に立てかける。ケースのポケットからタオルを取り出すと、バンダナをはずして髪の毛の汗を拭き始める。
「そういや、食堂込み始めてるみたいだね。早めに行くか空いた頃に行かないとゆっくりご飯が食べられなさそうだったよ」
部屋に戻ってくる間に見たのだろう、幸村が言うと、白石は慌てだした。
「あかん、四天の奴らと風呂行って飯行こうゆうてたんや。ほな、とりあえず行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「ゆっくりしておいで」
バタンとドアが閉まる。
幸村は無言で着替えを取り出し始めて、このままシャワーでも浴びるのだろうか。不二はそれを横目にバスタオルをハンガーに掛けて干すと、自分の洗濯したい荷物をまとめ始める。
お風呂や食堂が混む時間は洗濯機が空いているので、いつも不二は時間をずらして先に洗濯をする習慣がついていた。
「あ、幸村くん、洗濯物ある? 今から行くから、良かったらついでに洗ってくるけど」
不二がくるりと振り返ると、すぐ傍に幸村が立っていた。驚いて、思わず一歩下がってしまう。
「さっき、白石くんと楽しそうに話してたね」
「うん、……幸村くん?」
普段の様子の違う幸村に、不二は戸惑う。まっすぐと見つめてくる瞳から目をそらすことは出来なかった。
「手塚がいなくなって、少しは俺のことを見てくれるかと思ったのに。白石くんとか、何の当て付けなんだい」
責め立てるような口調で言い放つのに、今にも泣きそうな表情をしていた幸村。驚いていると、急にギュっと抱きしめられる。
「ねぇ、手塚がいなくなったなら俺を見てよ。テニスでも負けるつもりはないから」
「っ……」
懇願のような幸村の言葉は、甘い囁きに成り代わる。
不二はどう反応していいのか分からず、迷った末に、幸村のジャージの裾をつまんで肩口に顔をうずめる。
「幸村くん……」
「なに?」
一言、名前を不二を囲う腕にさらに力が込められる。不二は短く息を吐いた。
「汗くさい」
「え?」
「だから、汗くさいよ」
一瞬、驚いたのか腕の力が緩むと、隙を突いて不二は幸村の身体を押し離した。
「まだシャワーを浴びてないんだよね? 汗を流すと結構すっきりするよ」
そう言いながら、幸村のベッドの傍に回り、掛けられていたバスタオルを押し付ける。
「不二くん、俺は……」
「待ってるから」
幸村の言葉の続きを聞かないように、不二は強い口調で言った。
「部屋で待ってるから、とりあえず汗を流して来なよ。じゃないと、風邪ひいちゃうよ」
いつもの笑顔を見せながら、部屋を出るように促す。
驚いた、けれどどこか不満そうな表情を見せながら、幸村はカバンの中から着替えを取り出して、出口へと足を向けた。
ドアノブに手を掛けて、止まったまま、振り向きもしない幸村の背中を不二はじっと見つめていた。
「絶対に、逃げないね」
「……もちろん」
行ってくる、と短く告げて出て行く幸村を見送ると、不二は力が抜けたようにベッドの下段に倒れこむ。ゆっくりと息を吐いて目を閉じる。
「……こういうときって、どうしたらいいのかな」
消えそうなくらい小さな声で呟くと、熱を帯びだした頬に手を当てて冷ませようとする。不二は、うるさいぐらいに鳴る心臓の音を、ただただ大人しく聞くしか出来なかった。
了
シャワーを浴びて部屋に戻ると、同室の一人が帰っていた。
201号室は敗退組復帰後もメンバー変更はなく、三人で部屋を使っている状況で、全員、在籍している学校が違うため、部屋に戻るときはバラバラであることも多い。
「おお、不二くんただいま。もう風呂行ったんやなぁ」
「うん。ちょっと人少なくなってきたころだし、今行くとちょうどいいかも」
「お、ホンマに? おおきに」
干してあったバスタオルを引っつかみ、白石は既に用意されていた着替えを抱きかかえる。部屋を出ようとしたところで、白石は足を止めた。
「あ、そや。夜、四天宝寺のメンバーでお笑いトランプやろう思てるんやけど、不二くんも良かったどうや?」
「お笑いトランプ?」
聞きなれない言葉に不二は思わず首をかしげる。すると、知らんのか、と丁寧に説明してくれた。
白石の話では、ババ抜きだとババを引いた人はその場でボケてから次のカードを引いてもらえるという。誰がババを持っているのかバレて面白くないのじゃないか、と疑問を口にすると、予想外の言葉が返ってきた。
「甘いなぁ不二くんは。こっちは大阪人やで? 素直に勝つよりどれだけ笑いを取れるか。ババをいかに多く引き、けど勝ちたいから最後には残さんようにするか。笑いと知略の巡らし合いなんやぞ!」
「へぇ、なんだか、見てるのは面白そうだね」
クス、と笑いながら言う。
その不二の反応に白石の目が輝く。
「それやったら不二くんも来るか? 結構ハマるでぇ」
「そうだね、……あ」
ふと、嬉々として話す白石の後ろに立った人影に気づき、不二は言葉を止める。
その現れた人はくすくすと小さく笑いながら部屋に入ってきた。
「廊下まで聞こえてきたよ、楽しそうな会話」
「お、幸村くんおかえり」
「ただいま」
「おかえり、もう話は終わったの?」
「うん、まぁ。ちょっとしたことだから」
立海の部員に声を掛けられて、何か話をしていた幸村は部屋へ入るとすぐにラケットケースをベッドの横に立てかける。ケースのポケットからタオルを取り出すと、バンダナをはずして髪の毛の汗を拭き始める。
「そういや、食堂込み始めてるみたいだね。早めに行くか空いた頃に行かないとゆっくりご飯が食べられなさそうだったよ」
部屋に戻ってくる間に見たのだろう、幸村が言うと、白石は慌てだした。
「あかん、四天の奴らと風呂行って飯行こうゆうてたんや。ほな、とりあえず行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「ゆっくりしておいで」
バタンとドアが閉まる。
幸村は無言で着替えを取り出し始めて、このままシャワーでも浴びるのだろうか。不二はそれを横目にバスタオルをハンガーに掛けて干すと、自分の洗濯したい荷物をまとめ始める。
お風呂や食堂が混む時間は洗濯機が空いているので、いつも不二は時間をずらして先に洗濯をする習慣がついていた。
「あ、幸村くん、洗濯物ある? 今から行くから、良かったらついでに洗ってくるけど」
不二がくるりと振り返ると、すぐ傍に幸村が立っていた。驚いて、思わず一歩下がってしまう。
「さっき、白石くんと楽しそうに話してたね」
「うん、……幸村くん?」
普段の様子の違う幸村に、不二は戸惑う。まっすぐと見つめてくる瞳から目をそらすことは出来なかった。
「手塚がいなくなって、少しは俺のことを見てくれるかと思ったのに。白石くんとか、何の当て付けなんだい」
責め立てるような口調で言い放つのに、今にも泣きそうな表情をしていた幸村。驚いていると、急にギュっと抱きしめられる。
「ねぇ、手塚がいなくなったなら俺を見てよ。テニスでも負けるつもりはないから」
「っ……」
懇願のような幸村の言葉は、甘い囁きに成り代わる。
不二はどう反応していいのか分からず、迷った末に、幸村のジャージの裾をつまんで肩口に顔をうずめる。
「幸村くん……」
「なに?」
一言、名前を不二を囲う腕にさらに力が込められる。不二は短く息を吐いた。
「汗くさい」
「え?」
「だから、汗くさいよ」
一瞬、驚いたのか腕の力が緩むと、隙を突いて不二は幸村の身体を押し離した。
「まだシャワーを浴びてないんだよね? 汗を流すと結構すっきりするよ」
そう言いながら、幸村のベッドの傍に回り、掛けられていたバスタオルを押し付ける。
「不二くん、俺は……」
「待ってるから」
幸村の言葉の続きを聞かないように、不二は強い口調で言った。
「部屋で待ってるから、とりあえず汗を流して来なよ。じゃないと、風邪ひいちゃうよ」
いつもの笑顔を見せながら、部屋を出るように促す。
驚いた、けれどどこか不満そうな表情を見せながら、幸村はカバンの中から着替えを取り出して、出口へと足を向けた。
ドアノブに手を掛けて、止まったまま、振り向きもしない幸村の背中を不二はじっと見つめていた。
「絶対に、逃げないね」
「……もちろん」
行ってくる、と短く告げて出て行く幸村を見送ると、不二は力が抜けたようにベッドの下段に倒れこむ。ゆっくりと息を吐いて目を閉じる。
「……こういうときって、どうしたらいいのかな」
消えそうなくらい小さな声で呟くと、熱を帯びだした頬に手を当てて冷ませようとする。不二は、うるさいぐらいに鳴る心臓の音を、ただただ大人しく聞くしか出来なかった。
了