無題
掛け声に合わせて蹴り上げたボールは、10のカウントがかかった瞬間に大きく後ろへと飛んでいき、壁にぶつかった後茂みの中に突っ込んだ。その音に窓から覗き込んだ母親は瞬時に状況を判断し、呆れたような溜息を吐いた。
が、蹴った当人にとってそんなことは関係なく、誇らしげな顔で数えていた兄たちに振り返る。
「みてたっ!?」
「うんっ!見てた見てた!」
「すごいね、美都ちゃん!」
下の兄とその友達から賞賛を受けながら、美都はきょろきょろともう一人の兄を探す。すると不意に美都の後ろからぽん、と頭に手を乗せられた。見上げるとそこには上の兄がいた。
「すぐにい!すぐにいもみてた!?」
「おう。10回もできるなんてすごいじゃん。でも…」
パッと振り返った勢いのままに問うとにかりと笑って兄は言うが、彼はその後すぐに真面目な顔で続けた。
「ボールは変なとこに飛ばしちゃダメだ。今日は壁だったから平気だけど、この前の駆みたいに窓にぶつけたら大変だろ?」
茂みの中から拾ってきたのであろう、抱えていたボールをほら、と手渡しながら言い聞かせる兄の言葉に、美都は神妙な顔をして頷く。
すると兄はまたにかっと笑った。
「それにしても、なかなかいいキックだったな」
「ほんと!?」
「どこで覚えたんだ?」
「すぐにいとー、かけにいとー、セブンねえちゃんのまねっ!!」
「オレたちの?」
美都の言葉に兄たちはきょとんとした顔をする。が、すぐに破顔した上の兄は美都の頭を撫でながら言う。
「そっか。なら今度はちゃんと、変な方に蹴らないでやってみようぜ」
「うんっ!!」
兄の言葉に大きく頷いた美都は受け取ったボールを蹴り始めた。