sweet rain,sweet pain.
雨の日は嫌いじゃない。
もともと部屋の中にいるのは苦痛じゃない性質だったし、暇を持て余すという感覚もあまりない。
多趣味な恋人と違って自分は無趣味に近いが、それゆえにぼんやりしていることが退屈ではないのだ。
ぼーっと煙草をふかしながら、外を眺めている。
自分の部屋と違って階数がかなり上にあるこのマンションは、窓から外を眺めていても人の視線が気にならないから好きだった。
しとしとと降る秋の長雨は、開けた窓から肌寒さを感じさせる。
休日、そして恋人の部屋への急なお泊まり、という状況から、今の自分はシャツしか羽織っていない。
着替えを置いておけばいいのに、といつも言われるが、どうしてもそれはできなかった。
いつか。
いつか急に、「もう来ないで」と言われたら。
そうしたら、その着替えはどうしたらいいのだろう。
そんな仮定の(けれど起こりえる)未来が怖くて、どうしても私物を置いて行くことにためらいがある。
それは、先がない、あまり人には言えない関係である自分たちにとって、いつかは起こる未来だと、静雄は思っている。
永遠なんてものは、ない。
惚れたはれたで幸せな結婚をした男女だって、成田で離婚してしまうこともある。
結婚という一つのゴール、けじめのない自分たちにとって、別れることはそれよりも簡単なことなのだ。言葉ひとつで終わるものでしかない。
こういう関係になったのですら、ひとつの奇跡のようなものだと、静雄は思っている。
誰よりも嫌いあっていたはずなのに。オセロが反転するかのごとく、今はこうして。
いつだって彼は自分の中で一番の位置にいる。それがどのような感情であれ。
そして彼にとっての自分もそうであると思っている。それがどのような感情でも。
だからこそ、いつかくる終わりが怖かった。
憎しみや嫌悪の負の感情が簡単に裏返って今があるのなら、それはまた起こりうる未来である、と。
いつかこの感情が反転して、また憎しみ合い傷つけ合う関係に戻るのかもしれない。
永遠なんてない、変わらないものなんてない。
いつまでもこうしていられるなんて、静雄は信じていなかった。
好きだ、と思う。誰より、も。
けれど同じくらいの激しさで、今までの自分は彼を一番嫌っていたのだ。
だから。
こんなくだらないことをいつまでも考えている自分が一番嫌い、で。
こんな感情をもたらす彼のことをこのままでは憎んでしまいそうで。
好きだけど、好きだから、不安で仕方ない。
だから、どうしてもこの部屋に何かを置いて行く気にはなれなかった。
だけど。
「あー……でも煙草の買い置きくらいはな……」
空になったソフトケースを握りつぶすと、静雄は面倒そうに身体を起こした。
とうとう、最後の一本が終わってしまった。
自堕落に他人のベッドでごろごろしていたが、そろそろ起き上がらねばならないようだ。
ベッドの持ち主である折原臨也は別室で仕事をしている。
すぐ終わるから、と言われて随分経った。
一人でいるのは嫌いじゃない、雨の日も嫌いじゃない。だけど。
こんな雨の日は、いらないことばかり考えてしまうから。
こんな日くらいはそばにいろよ、な。
絶対に口には出さないことを心の中で呟いて、煙草を買いに行くために服を身につける。
それから、もうこんな思いをしなくてもいいように、煙草はカートンで買ってこよう。
そう思った。
煙草くらいはこの部屋に置いて行ってもいい。
それならば、いざという時に処分にも困らないだろうし。
そんな些細なことで、この胸の痛みが薄くなるのならば、この雨の中出かけるのも悪くはない。
雨の日は決して嫌いじゃない。
でも、ひとりでそぼ降る雨の音を聞いていると、どんどん嫌なことばかり考えてしまうから。
隣にあなたがいるといいのに。
作品名:sweet rain,sweet pain. 作家名:774