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ぼくらの

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床に転がったサッカーボール。ぐちゃぐちゃに崩れた夏休みの工作の宿題。落ち着きなさそうに目線を落とすヒロトと風介。その隣で困ったように眉を寄せる瞳子。それらを前にして、晴矢は自分の意識が体から抜け出し、天井から俯瞰のように見えている錯覚をおぼえた。
「晴矢、二人も反省してるから許してやって? ほら、二人も謝りなさい」
瞳子は隣の二人にそう促すと、二人は頭を深く下げ、「ごめん」と消え入りそうな声で謝った。けれども、自分の目線は壊れた工作の跡から動かなかった。
夏休みの最終日は雨だった。ヒロトと風介は瞳子の注意も聞かず、室内でサッカーに興じていた。そのボールが部屋の隅で保管しておいた晴矢の夏休みの宿題の工作に命中した。結果は、いま目の前に広がる通りである。
お日さま園では毎年夏休みに一度だけ、皆で日帰り旅行へ行く。今年は牧場だった。その思い出と題して、晴矢はその牧場のミニチュアを再現した。段ボールを台紙にして草原を作り、短くなった鉛筆で柵を作り、粘土で動物や一緒に行った園の皆を作った。見た目は良いものとは自分でも思わなかったが、その出来栄えには十分に満足していた。力作だった。
それがいま、自分の足元でぼろぼろに壊れていた。
不思議と自分の心は落ち着いていて、現状をよく理解していた。否、現状を受け入れず、否定して他人事のように見ていたのかもしれない。
もう一度、ちいさく「ごめん」と謝る二人の声が聞こえた。
晴矢はそれに答えず、きびすを返して部屋から飛び出した。背中から瞳子が自分を呼ぶ声がしたが、それを振りはらって自分の部屋のベッドに飛び込んだ。タオルケットを頭まで被り、自分を外界のすべてから遮断した。
追いかけてきた瞳子が心配そうに自分の名を呼んだが、返事をする気になれずただ唇を噛みしめた。しばらくして瞳子が自分から離れると、部屋の扉が静かに閉まる音がした。
タオルケットのなかで、目をかたく閉じると窓を打つ雨音だけが世界に響いた。
なぜだか、ヒロトや風介に対して怒りの感情はまったく沸いてこなかった。肩を落として小さくなったあの二人がわざとやったわけではないことは自分自身よく理解していた。
けれども体の底からあふれだす空虚感が全身を満たし、これをどう処理すればいいのか皆目見当がつかなかった。
空虚感のなかにすこしだけ、染みのように悲しみの感情がにじみだす。ただそれは、自分の工作が壊されたことに対しての悲しみではなかった。
日帰りだったが、年に一度の夏休みの旅行は園児全員の一大イベントだった。晴矢もそれを楽しみにし、当日も体いっぱいに楽しんだ。大切な思い出だった。
それを忘れたくなくて、絵日記に描くだけでは足らず、あの工作を思いついた。それが、跡形もなくなってしまった。
工作が壊れたことで、その思い出も壊れたような気がした。大切で大切で忘れたくないのに、あっさりと消えて無くなってしまうような脆いものに見えた。
体の底からあふれて飛び出しそうな叫びを歯で食いしばり、タオルケットを握りしめて堪えた。


次に目を覚ました時、部屋はかすかな闇に包まれていた。いつの間にか雨はやみ、雲の隙間から漏れた月灯りが窓から降り注いでいた。
ベッドから起き出して部屋の電気を点ける。時計を確認すれば、時間は日付が変わるすこし前だった。同室のヒロトと風介のベッドが空っぽなのは、当人たちが自分に気を使ったからだろうか。
そして、テーブルの上にはラップに包まれたおにぎりが三つ置かれていた。それを見た晴矢の腹がけたたましく鳴る。晴矢は本能に逆らうことなく、そのおにぎりを食べた。食べなれた、瞳子が作ったおにぎりだった。
(喉、乾いた……)
あっと言う間に三つのおにぎりをたらいあげた晴矢は、なにか飲み物をと、部屋から出て階下の台所へ向かった。皆寝静まっている廊下はひどく静かで、一歩一歩慎重に音を立てずに歩いた。
階段を降りて右に曲がれば突き当たりが台所だった。ところが、そこへ向かうまでの廊下にある和室の襖から明かりが線のように漏れていることに気づいた。こんな時間に誰だろう。不審に思った晴矢は、更に慎重に和室へと近寄った。襖にぴたりと張りつき、音を立てないようにそっとすこしだけ襖を開いて中の様子をうかがう。

「風介、それ違うよ。牛の頭と羊の足をつけてどうするんだい」
「それを言うならヒロトだって、その柵逆になってるじゃないか」
和室では、ヒロトと風介が接着剤を片手に工作の修復に悪戦苦闘していた。
「なんで山羊の足が五本になってるんだよ」
「そのログハウスの位置はこっちだろう」
「瞳子姉さんの頭が、玲名の胴体にひっついてるぞ」
「だから、ここはうさぎ小屋だろ。なんで豚を置いてるんだい」

しばらく黙って二人の様子を見守っていたが、晴矢は耐えきれなくなって手の甲で一度両目を拭うと、襖を開いた。
突然の登場に、室内の二人の視線は晴矢にかたまって動かなくなった。
「なにやってんだよ、お前ら。二人とも、不器用過ぎだろ」
晴矢はずかずかと和室に入りこむと、風介の接着剤を奪い取って、欠けた欠片を繋ぎあわせていった。
ヒロトと風介は、何も言わずに晴矢を見ていた。晴矢は牛の粘土細工をひとつ繋ぎあわせると、それを風介に手渡した。
「その牛は、そこの柵の中に並べろ。ヒロトは、これとこれをひっつけろ」
晴矢からの指示を受けて、二人の体はようやくぜんまいが巻けたように動き出した。

「晴矢、これは?」
「それはそっち」
「ねえ、これとこれで合ってる?」
「だから違うだろ、それはこれとこれだよ」
襖の陰から静かに三人を見守っていた瞳子は、笑みを浮かべ、弾みだしそうな足をおさえてそっと自室に戻った。


「完成ー!」
「終わったー!」
「お疲れー!」
時計が深夜を告げる頃、ようやく作業が完成した。大晦日でもこんな時間まで起きていたことのない三人は、重い瞼ですっかり元通りになった晴矢の工作を前に麦茶で乾杯した。
ヒロトと風介は一度目を合わせ、二人で正座して晴矢に向き直った。
「「晴矢、本当にごめんなさい」」
再び頭を下げる二人に、晴矢はばつが悪そうに頭をかいて麦茶を飲み干した。
「もう、いいよ。こうして直してくれたんだし」
晴矢の言葉に、頭をあげた二人は嬉しそうに笑いあった。そんな二人を眺めて、晴矢はふと思い立った。
「そういえば、お前ら工作なに作ったんだ? 見せてくれよ」
晴矢の言葉に、二人の動きが不自然に固まった。
「「あ」」
「あ?」


次の日。始業式を終えた教室で、晴矢とヒロトと風介の三人は教卓に立って工作の内容を発表した。
発表を終えてクラスメイトたちの拍手を受けるなか、担当教師が三人の脇に立った。
「とても素晴らしい作品ですね。……ところで、工作の宿題はひとり一作品ですが、これは誰の作品なのかな?」
三人は教師に胸を張って答えた。
「「「三人の共同制作です」」」
その後、クラス全員の工作発表を三人は教室の後ろに立たされて聞くことになった。
作品名:ぼくらの 作家名:マチ子