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しーど まぐのりあ8

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一通の手紙が届いた。それには、切符が一枚、同封されていた。あれから六年して、私は全寮制の学校に居る。国許から離れた先進国の学校で、学んでいる。冬季の休みで、明日から一時帰国する、この時期に届いた手紙は、送り主の名前がなかった。しかし、一行の言葉で綴られた手紙は、私の記憶を甦らせた。
「約束のものを返す。」
 それだけの言葉だが、これは間違いない。これは、六年前、私の若い叔父のために交わした約束のことだ。きっと、若い叔父は元気になっているだろう。六年もすれば、童顔だったあの顔も、凛々しくなっているだろう。私が、あの髪飾りを所望した理由は、あの叔父と結ばれたかったからだ。でも、実際、血の濃い叔父と結ばれることは不可能であることも、今は理解している。そして、あの時、なぜ叔父が戻れなかったのかも。
 叔父は、戻れば処刑される定めだったからだ。オーブのためには、それしかなかった。侵略された他国の皇子を匿えば、同様に侵略を受ける理由となる。たった一人のために、自国を危機に貶めることはできない。父が、その決断をしたことを今は責めない。もし、私が、その時の王だったら、そう決断しただろう。それが王たるものが一番に優先すべきことだった。

 同封された切符の汽車に乗った。何度か、その地を探したが、一度も探せなかった。同じ列車に乗っても、停車地になかったのだ。どうしてだか、今だに解明できない。切符は特等室の個室。走り出した汽車の車窓から外を眺める。あの時は、余裕なんてなくて、こんなふうに汽車からの景色を楽しむこともできなかった。
「おおっ、ちゃんと間違わずに乗れたんだな。」
 特等室の扉が開くと共に、男たちがどかどかと入ってきた。なんとなく見覚えのある金髪、銀髪のセット、それから宵闇の髪の男と、最後に亜麻色の髪の少年。
「キッキラ? えっ? 」
 そこにいた若い私の叔父は、六年前と少しも変わらない亜麻色の髪に、菫色の瞳に、成長していない姿だった。
「やあ、カガリ。覚えていてくれたんだね。見違えるほど大きくなった。」
 ニコニコと右手を差し出すキラは、背丈だって私と変わらない。あの時のあのままの姿だ。
「なんで? キラは・・・」
「ん? ああ、なんかね、年は止まっちゃったみたいなんだ。」
 暢気にほろほろと笑っているが、言ってることがとんでもない。あの頃よりも柔らかな表情で微笑んでいる。「とにかく座らせろ。」とか言いつつ、銀髪と金髪は、特等室の座席に座り込み。同じように私の横に、叔父、その隣に宵闇色の髪の男が座った。
「あの時は、いろいろとキラに迷惑をかけてすまなかった。」
 何度も謝りたいと思った。少しずつ、私が大人に近づくにつれて、キラがしてくれたことは、とても大変なことばかりだったと気付かされた。毎日、食べたいものを作ることだって、キラには大変なことだったはずだ。
「ううん、楽しかったよ。今、思い返したらね。」
「でも、私はキラに・・・返せないほどのものを貰った。キラが夜の仕事してたことも、最近、理解した・・・すまない。」
「あ、う、うーん、それは忘れて? あの頃の僕は、ちょっと、えーっと、その・・・」
 残りの三人がぶはっと噴出して大笑いする。あの当時のキラは、投げ遣りで自棄状態であったから、あんな真似ができたのだ。現在のキラを見ていて、よくもあんなことしていたな? と、誰もが突っ込むところである。
「アッアスランっっ、ちょっ、ちょっと、イザークもディアッカもっっ。そこで笑わないでくれる? きみたち、失礼だよ。」
「いや、ほんと、なんで、あんなことしてて、現在、こんなことになってんだろうねぇー、キラ。」
「ほんと、あの勢いなら、今の状態は、なんなんだろうな? 」
「うっうるさいよっっ。イザークっっ、笑ってないで話しなよ。」
 昨今のキラは、ようやくアスランと暮らし始めたものの、ものすごく初心で恥ずかしがり屋である。人前で、アスランがいちゃつこうとすると、容赦なく殴る蹴るの暴行を働く乱暴者と成り果てていた。
 カガリの知っているキラというのは、穏かで物静かな皇子だったから、こんなふうに叫んでいる姿なんて知らなかった。
「キラ? おまえ、苛められてるのか? 」
「うーん、微妙なとこだなあ。アスランは、やたらスキンシップしたがるから・・・僕はイヤだって言うのにさ。」
「そりゃ、仕方ないだろう。キラが可愛すぎるのが罪なんだ。」
 隣りから手が伸びて、キラの腰の辺りに廻される。ここまでなら許そうと、キラは思っている。さらに、自分の顎を掴み、振り向かせようとする段階で、アスランの足を踏みつける。おぐっっと、おかしな声がして、アスランは身を屈める。容赦はない。
「イザーク、いい加減、そこで笑ってるのはヤメて。」
「すまない、キラ。おかしくてな。俺も六年前を思い出した。おまえ、ほんと変わったな? 」
「みんなが僕を誤解してただけだろ? あれ、返して。」
 ああ、とイザークは内ポケットから、絹のハンカチに包まれたものを、カガリの前に差し出した。それは約束の髪飾りである。しかし、カガリは浮かない顔で、それから視線を逸らせた。自力で稼ぎ出したものでしか返済は認めないと言われている。結局、自分は稼ぐことなんてできなかったのだ。
「私は・・・まだ。」
「そうだろうな。だが、返済は不要になった。この六年、キラは働いていたので、きれいさっぱりと返済は終わった。だから、この担保は無用となった。」
「えっ? 」
「キラは、身体を治してから、うちで働いてくれたんだ。何もしないわけにはいかないと。」
「だって、元はといえば、僕がした借金なんだ。カガリが返す必要なんてないんです。カガリ、とりあえず、返済はできたからね。もう気にしなくてもいい。これだけは大切にして欲しいんだ。もう、これが現す国はないけど、きみの祖父母の思い出として手元に置いてくれる? 」
 絹に包まれた髪飾りは、カガリの手に持たされて握らされる。キラは結局、自分に何もさせてくれなかった。キラひとりで、全部終わらせてしまったのだ。やっぱり自分は、まだ子供で、どこまでも、この若い叔父に助けられている。
「すまない、キラ。」
「ううん、気にしなくていいよ。カガリ、僕はもう死んだことになっているでしょ? 」
「ああ、私が『エンディミオンの鷹』に送り届けてもらった時に、そういうことになった。」
「だから、僕は、もう君と会うことはできないけど、どうか、オーブを大切に守ってね。僕の街へ来るようなことに、けっしてならないようにしてね、カガリ。」
「キラ? なにを? 」
「そろそろ、僕らは降りる駅だ。」
 三人はすでに立ち上がり、扉の外へ出ている。最後にキラが私に、そう言うと立ち上がった。ガタンと汽車が揺れて、とごかに停車したことを報せる。私も着いていこうとして、扉から走り出た。降車口からキラが降りようとしている。バイバイとキラは嬉しそうに笑って手を振ると、ぽんっっと飛び降りたようだった。   
作品名:しーど まぐのりあ8 作家名:篠義