恋とは鮫のようなものだ
失って初めて気づいたなんて
どこの陳腐な三文小説だろう
肩につくほどまでに伸びた髪を耳にかける仕草も、もう慣れた物になった。
ひやりとした地下空間に忍び込むのも、同じくらい慣れた物になった…。
「う゛ォおい…ボスさんよぉ。いつまでおとなしくしてる気なんだぁ」
鉄壁の囲いに覆われた氷塊の中で、あの日の怒りをそのままに時を止めたザンザスが其処に居る。
無駄だと分かっていながら幾度も囲いのうちへ入り込み、氷を砕こうとした。
刃を何度も折り砕き、義手も幾つも潰して。
『だからテメェはドカスなんだ』
そう言って怒ったようなあきれたような馬鹿にしたような…決して好感情とは言えない表情を浮かべたザンザスがいつか再び炎を灯して氷を溶かすのではないかと思いながら、願いながら。
苛烈な憤怒に染まった紅の瞳に打ち抜かれたような、そんな気持ちになったのはいったい何年前のことだろう。
数百年も待ったような、それでいてまるで昨日の事のようにも思える。
その怒りに惚れこんで彼の下に就いた。
それに己自身無名だった訳ではない、若くして幾人もの剣豪を潰してまわりそれなりに名前を売り歩いていた自分におごっていなかったと言えばウソだ。
そんな自分が頭を下げる相手となれば、いずれイタリア最強…いやマフィア界最強のドン・ボンゴレとなるザンザスであるべきだと思った。
何者をも寄せ付けない強さ、まるでボンゴレ二世の再臨とも思える憤怒の炎。
後付けできる理由は幾らでもあった、同時にそれらはザンザスが敗北したあの日に無くなっても不思議でない物ばかりだった。
だって彼はいつだって酷い人間だった。
目が合えば殴る、蹴る、物を投げつける、罵倒する、蔑む。
その挙句の果てに負けた、彼は負けたのだ。
そして嘘つきでもあった。
ザンザスはブラッド・オブ・ボンゴレを持たないただの子供だった。
それが敗北した後もどうして消えないのか、嘘をついていたと知ってなお何故待っているのか。
ザンザスがブラッド・オブ・ボンゴレを持たないと知ったその時に後付けの理由なんて消えるはずだったのに、そんなひどい奴を待つ理由なんて無いはずだったのに…。
ようやくザンザスに仕えたかった本当の理由に気付いたその時には、全てが遅かった。
失って初めて気づいたなんて
どこの陳腐な三文小説だろう
「はやく、出て来いよぉ…」
ザンザスから温度を奪う冷たい氷に縋りつく。
潰れた左の義手を握りしめ、氷越しにザンザスを見つめる。
死ぬと分かっていて炎に誘われる虫と同じで、生まれて初めて何の見返りも望まなかった。
ただ傍に居てその炎を見ていたかっただけなのだとようやく気付いても、そこにザンザスは居ない。
「アンタの為なら、オレは戦い続ける、剣であり続ける、この醜い世界を泳ぎ続けるんだぁ…アンタを思わなくなったら、俺は死ぬんだぁ…だから」
作品名:恋とは鮫のようなものだ 作家名:北山紫明