あいして る(続)
「しばらくは、右手は使えないわね」
器用に巻かれた包帯。ぐ、と力を入れると骨に響く痛み。
「その分、波江に働いて貰うからいいよ」
「嫌よ。自業自得、でしょ?」
わかってて、”手”を出したんだから
「そんなに、悔しかったのかしら?」
「…随分楽しそうに聞くね」
「あら、そう?そうね…貴方に興味なんて塵程も無いって思ったけれど」
貴方のそういう姿は、見ていて心地が良いのかもしれないわ
「貴方は臆病者なのね」
今宵のこの女は、酷く饒舌だ。
部屋につんと香る消毒液の匂いに、酔ったとでも言うのか。
酷く、酷く楽しそうな声色に聞こえる。顔色すら、いつもと寸分違っていない筈なのに。
「”愛してる”って、言われたかったんじゃないの?」
ふつふつと湧き上がる。
「言っていたじゃない。『俺がこんなに人間を愛しているんだから、人間もまた自分を愛すべきだ』って」
しゅうしゅうと煙を吐く。
「貴方はただ―――」
ピィィィ――!!!
響いた、高い音。
女は小走りに台所に向った。
男はただ、その背中を見送って、ふと冷めたコーヒーに映った自分の顔が、”笑って”いなかったことに気付く。
可笑しい。
数分してから、女は淹れたばかりのコーヒーカップを持ってまた部屋に戻ってくる。”いつも通り”の、女の顔。
「波江の愛はさ、歪んでると思うよ」
「そうね」
それが、どうかしたのかしら?
女はいつも、まるで男の問いには毛程も意義が無いように、機械のように同じ返答を繰り返し続ける。
女の、そういった”人間味”溢れる部分は非常に魅力的で、気に入っている。だから、いつもならそれでいい、それがいいと思えた筈なのに、今回は酷く、癪に障った。
右手を握って、発する痛みに一瞬ちらついた、黒いガラスの向こうの真摯な瞳を頭の奥深くに封じ込めて、男は”いつも通り”に口元に笑みを浮かべた。