無題
「俺が言うのもあれなんだけどさ」
理解できないんだよね
くるり、と器用に男の指の間でペンが回る。それを横目で見届けてから、男の膝の上で小さな寝息を立てる"子供"に、変える。
知的好奇心、柔らかな黒髪に触れる。瞼を小さく動かして"子供"は男の服を更にぎゅっと掴んだ。
「俺のことが大嫌いで、抱っこされるのも嫌がるくせに、」
目が覚めると必ず、俺を探す
「見つけたら見つけたで憎まれ口しか叩かないくせに」
こないだなんか、この寒空で締め出されたんだよ?朝っぱらからさあ。
業とらしい溜め息。
「ほんと、わかんない」
「―…それが、何?」
問題を提起して、私に答えでも求めてるの?
書類が積まれたデスクの、隙間を見つけて腰を下ろす。足を、一度組み替える。
「答えられるなら、どうぞ?」
男は嫌味たらしく口元に笑みを貼り付けた。嗚呼、端正な顔だというのに、余程壊してしまいたい衝動にかられる。
「貴方のことなんて、私は欠片も興味は無いから考えるのも面倒だけれど」
いち、科学者として答えるなら、
ふわ、り。
もう一度、触れる。
「"それ"は"貴方"そのものだという事実の証明ね」
自分のことを理解出来る人間なんて居ないわそう人間は自分のことすらも婉曲する都合の良い生き物だものだから人間は他者を求め他者からの理解を望み他者の中の自分を理解しようとするだからこそ多面的になりより自分自身が理解不能になる堂々巡り
貴方だって例外じゃない
「"貴方"を"拒絶"してるのも、"貴方"を"求め"ているのも、"貴方"よ」
空のマグカップ。
足を床に下ろして、手近にあった男のコートを"男"にかけた。
「帰るわ」
「ちょっと、これベッドまで連れてってよ」
「嫌よ。面倒臭い」
お疲れ様、
ハンガーにかけた自分のコートとマフラーを腕に抱えて、部屋を出る。
玄関先でそれらを着込む、外はぐっと冷え込んでいるだろうから。
ヒールの隣、男の靴の中には画鋲。そのまた隣の小さな靴を揃えて、扉を開くと、漆黒の空から、きらきらと雪が舞い降りた。