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【どうぶつの森】さくら珈琲

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 2月13日の夜遅く、みんなが寝静まったのを確認してからあたしは台所に立った。
 この日のために取り寄せた本や雑誌。料理は苦手だけど、がんばって作るんだ!

……だけど、チョコレートの扱いってなかなか難しい。たかがチョコレートに生クリームを入れて固める生チョコをつくるだけで、ばたんばたんとボウルを倒す始末。
 もう! どうしてこんなにあたしって不器用なのよぅ……。

「とまと? まだ起きてるの?」

 急にさくらさんの声がして、びっくりして悲鳴をあげそうになっちゃった。

「ご、ごめんなさい、起こしちゃいましたぁ!?」
「ううん、大丈夫……、あぁ、明日バレンタインかあ」

 さくらさんがしみじみと言う。なんだかずいぶん、やつれているように見えた。
 もしかして起こしたんじゃなくて、眠れない日が続いてるのかな……。

「生チョコつくってるの? わたしも去年みんなに分けたよ。
 あ、とまと。生クリームはちゃんと温めないとだめだよ」
「え!? 温めるんですか!?」
「うん、あとチョコレートはもっと細かく刻まないと。
 そこの小さい鍋で生クリームに火かけなよ。沸騰させちゃだめだよ」

 さ、さすがさくらさん、料理だけじゃなくお菓子にも詳しい……!
 本当はあたし一人でがんばりたかったんだけど、ついつい手伝ってもらう形になってしまった。
 さくらさんは手際よくあたしに作り方を教えてくれた。

「そのチョコ、ヴィスにあげるの?」

 温めた生クリームを、チョコレートの入ったボウルに流し込んでいるとさくらさんが尋ねてきた。思わず手が滑りそうになってしまった。

「あはは、今更どうして動揺するのさ」
「……渡せる勇気があれば、いいんですけどぉ……」
「きっとヴィスも喜ぶよ。がんばってね」

 さくらさん、今年はやっぱり誰にもあげないのかな。
 って、こんなこと訊いたら、さくらさんはより辛くなってしまうかもしれない。
 で、でも気になる、うーん……。

「……とまと、最近どうしたの?」
「へ!?」
「前はもっとおてんばだったのに、やけにおとなしいっていうか、ぴりぴりしてる?」

 リクにもおかしいって言われたし、あたし、そんなにわかりやすいのかなあ。

「ごめんね」

 さくらさんのせいじゃないから、謝る必要なんてないのに。
 そう言おうとしたら、さくらさんは「じゃあ、火の後始末だけは気をつけてね」とだけ言って、自分の部屋に戻ろうとした。
 おかしいのは、さくらさんだよ。
 今一番辛いのはさくらさんなのに、そうやって周りに気を遣ってばかりいたら壊れちゃうよ。
 あたしはその後姿に、みんなが起きてしまうくらい大きな声で叫んでいた。

「さくらさん、あたしたち、家族ですよねぇ!?」

 さくらさんが驚いて振り返った。

「つ、辛いことがあったら、一人で抱え込まないで下さい!!
 あ、あたしも、リクも、……ヴィスくんだって、さくらさんが辛いと悲しいから、
 何かあったら聞くことでも出来るから、だからもっと頼ってください!!」

 さくらさん、もう一人で傷つかないで。
 さくらさんが辛いときはみんなで分け合いたいんだよ。
 このままじゃだんだん……さくらさんが遠くへ行ってしまいそうで、怖いの。
 さくらさんはあたしから目をそらすと、申し訳なさそうに、

「ごめんね。」

 と小さく言って、部屋に戻ってしまった。
 謝らなくていいのに。こういうときは「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」でいいのに。

 さくらさんは今までみんなを助けてあげる立場だったから、誰かに助けてって言えないのかもしれない。
……助けてって言えないのは、あたしも同じか。
 あたしの方が強がっちゃってる分、余計タチ悪いや。
 明日、だ。
 明日で全てが、……終わる。


 完成したのは結局朝方近くで、そのままちょっとだけ寝て、すぐに目が覚めた。
 いつもより念入りに髪をといて、お気に入りの服を着た。
 全然寝てないのにやたら目が冴えてて、どきどきしてた。
 ヴィスくんはこの家で一番早起きをする。早朝のオオイワナを釣り上げるためだ。
 その次が朝ごはんの支度をするさくらさん、リク、あたしってところ。
 だけど今日はあたしが一番みたいだ。
 ヴィスくんが家を出る音がした。あたしは少し間を置いて、それを追いかける。
 外はまだ薄暗くて、ぼんやりとした月が浮かんでいた。なんだか、応援されている気がした。
 あたしはほんの少ししかない確率の奇跡を信じていた。
 靴の中に入った雪が冷たくて、それでも気にならないくらい、緊張していた。

「ヴィスくん」

 池のほとりで釣りの準備をしているヴィスくんの背中に、声をかけた。
 ヴィスくんはあたしが来たことにびっくりしてるみたいだ。

「おはよう、とまと」

 早いんだね、と小さな声で続ける。
 あたしはしばらく何も言えず、黙り込んでしまった。
 ヴィスくんは不思議そうに首をかしげる。

「ヴィスくん、あの、これ」

 あたしは勢いよく朝作った生チョコの包みを差し出す。
 さくらさんに頼らず一人で切ったからちょっと歪な形になっちゃったけれど、ラッピングはうまくいったから良しとした。
 そして、ヴィスくんがお礼を言ってチョコを受け取ったとき、はっきりと言った。

「あたし、ヴィスくんが好き。大好きなの。」

 ヴィスくんはあたしを見つめた。
 とても長い時間に感じられたけれど、本気だって伝えたくて、あたしは目をそらさなかった。

「ありがとう」

 ヴィスくんは言った。
 それは、何回も頭の中で予想していた言葉だった。

「でも、僕は好きな人がいるんだ」

 わかってる。

 奇跡なんて、起こらないってこと。
 あたしがさくらさんには勝てないってこと。
 わかっていても、やっぱり少しショックだ。
 だけど、ちゃんと台本通りに言わなくちゃ。

「うん、知ってるよ。だからもういいんだぁ。」

 無理して笑って見せた。
 恋人になれたらいいなって、確かに望んでいたけれど。でも答えはわかっていたから、覚悟していたから、もういいの。
 こんなに誰かを好きになれた、それだけで十分。
 ありがとう、ヴィスくん。
 これが本当の気持ちだよ。
……本当、だよ。

「あたしたち、これからも友だちだよね?」

 そうだよ。だから、ここで泣いたり、気まずくなったりして、ヴィスくんに迷惑かけちゃいけないんだよ。

「もちろん」

 ヴィスくんはとても優しい笑顔で答えてくれた。
 あたしも掠れた声でお礼を言った。

「ありがとう」

 最後まで、あたしは、「とまと」を演じられた。
 明るく、何事もなかったかのように立ち去る。「早起きして疲れちゃったー! 二度寝してこようかなー」なんて言ってさ。
 ヴィスくんも笑ってくれた。

「ヴィスくん、甘いのあんまり好きじゃないって聞いたからビターチョコ選んだんだよ。ちゃんと味わってね」

 ほら、あたしはいつものとまと。
 いつも笑ってる、ムードメーカーなとまと。

 走り出した。
 どこまでも走り続けた。
 止まったら、だめだ。


 終わった。
 終わったんだ。
……終わっちゃった。