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永遠を願う

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「遅い!何時だと思ってるの!」

帰ってきて浴びせられた第一声が、双子の妹の怒りに溢れた声。
毎度の事なので然程気にする素振りもせず、鬼の形相で腕組みをする晶馬の傍をするりと通り抜ける。

「悪かった。次からは気をつける」

「そればっかり!兄貴、謝るって言葉の意味、わかってる?全ッ然心が籠って無いんですけど!」

「あー悪かった、ごめんなさい、許してください」

「もう!そういう所直した方がいいよ!…今日は許してあげるけど、今度からは連絡ぐらいしてよね!」

じゃないと、次やったら一週間ご飯抜きにするからね、と脅しの言葉を耳に入れながら陽毬の手に視線を落とす。

「おかえり冠ちゃん」

にっこりと笑う姿は女神のようだ。
先程俺を叱り付けた片割れとは対照的な、温かさに溢れた妹。

「ただいま。今度は何作ってるんだ?」

「手袋だよ。もうすぐ完成するの!」

「へー…で、この隣にある編み掛けのは?」

「それは僕の」

触らないでよね、と晶馬が眉間に皺を寄せる。

「私が教えてるの!」

「陽毬先生なんだよね」

「うん!」

愛らしい笑顔に、晶馬が口元を緩ませながら陽毬の頭に手を乗せる。
慈しむように撫でる手つきに母の姿を見て心が軋んだ。


「で、誰にやるんだよ」

「え?」

「誰かのために作ってるんじゃないのか、それ」

「…ああ、これはね、別にそういうわけじゃなくて。…うん、ただの練習だから」

ご飯温め直すね、とぱたぱたと台所に向かう晶馬から目が離せない。
それを悟ったかのように、陽毬がちょんと肩を突く。
耳を貸すよう急かされて、陽毬の高さまで屈み込む。

「あのね、晶ちゃんはああ言ってるけど、きっとあれ、好きな人にあげるつもりだよ」

「好きな、人」


晶馬の、想い人。
その存在を頭に思い描いた瞬間、沸々と湧き上がる殺意にも似た感情。
血管の中を異物が通り抜ける感覚に、苦しくなって胸のあたりを思い切り鷲掴む。


「うん。晶ちゃんもやっぱり女の子なんだよ」

まるで俺の想いを見透かしたかのような曇りの無い笑顔。
俺はぶち当たった現実に躊躇した。
何時の日か、それは近い将来か、そうぼんやりと覚悟していた恐れが今、突如として目の前に立ち塞がる。
晶馬の元に訪れた芽吹きが今、綺麗な実を飾ろうとしているのだ。
それだけで全身の血が沸騰しそうな感覚に陥り、軽い眩暈を覚えた。


「晶ちゃん呑み込み早いから、きっとすぐに完成するね」

「えーそうかなぁ。上手に出来てる?」

「うん、上出来だよ!」

「ありがとう。きっと陽毬の教え方が上手だからだね」

「え~、褒めても何も出ませんよぉ」

妹二人の微笑ましい会話は、俺の耳をただ通り過ぎていくだけ。
そっと編み掛けのそれに触れる。晶馬の香りがふわりと漂って脳が痺れる。
これが何処の誰とも知れぬ輩の元に渡るかと冷えた頭で考えて嫌悪した。

(やっぱりそんな事、許せるわけないだろ)

だって、俺たちは共にあるべきなのだ。今も、これからも、命尽きるまで。
だから俺は許さない。お前が一人で歩き出す事は罪なんだ。


「あ、何してるんだよ!」

「うっせ。ただ見てるだけだっての。まぁ陽毬程ではないけど、上手く出来てんじゃねぇの?」

「べ、別に兄貴にそんな事言われたって嬉しくないんだからな!」

「へーへー。それより飯」

「わっ、…かってるよばかんばっ、偉そうに指図しないでくれる!?」

どすどすとそんな効果音がつきそうな程に大袈裟に足を鳴らす晶馬に、家を壊すなよと忠告すると、壊れないよ!と怒りに満ちた声が返ってきた。
陽毬がその隣でくすくすと可愛らしい笑い声を漏らしていた。
晶馬は何が可笑しいの、と言わんばかりに頬を膨らませている。
俺はそんな晶馬に軽く微笑んだ。
そんな何でも無い日常が、永く続けばいいと思った。


(だから、その時がいつまでも続くために、)

どうか妹の淡い想いが報われませんように。
俺は愛が籠められているであろうそれに恭しく口付を落とした。
作品名:永遠を願う 作家名:arit