【ノマカプAPH】ただ凛と静かに誘う
「今日は、菊様はどなたともお会い出来ません」
女は静かにそう告げると「申し訳ございません。本日はお引取りくださいませ」と丁寧に頭を下げた。相も変わらず、それは使い古された、抑揚も無い言葉だ。
ナターリヤは、ゆっくりと呼吸をしながら、何時だったかあのうざったい男がそんなことを言っていたような、と記憶を巡らせて、だが同時に浮かんでくる男の顔と、声が、神経を逆撫でて、思い切り舌打ちをすれば、目の前の女がもう一度、「本当に申し訳ございません」と頭を下げた。
「理由は?」
「――・・・わかりません」
菊様は何もおっしゃらない方ですから、
女は一度、ナターリヤの目を見て、開けかけていた唇を閉じ、今度は自分の目を伏せて、ぽつりと言葉を零した。
「どうして、理由を聞かないんだ」
「聞いても、どうにもならないことでしょうから」
「それは、わかるのか」
「だから、お話くださらないのでしょう」
頑なに、女は静かだった。
それが酷く癪に障るはずなのに、同じくらい自分も、静かにそれを聞いていたことに一番驚いていたのは、ナターリヤ自身だった。
痺れた足を少しだけ我慢して、立ち上がり廊下に出れば雪の花がひらひらと地面を染めていた。
この国の冬は、あたたかすぎる。
ナターリヤは小さく息を吐いて、それが共に白に染まるのを見送った。
そのまま、廊下の突き当りまで歩き、右に曲がってそのまた突き当たりへ。障子を開けると、一番綺麗に椿が見える部屋。
その部屋の前の縁側に腰を掛けていた男は、ナターリヤの方も身もせずに、足元に擦り寄ってきた黒い猫を抱き上げた。
「迷い猫が、紛れこんできましたか」
男が、その猫の首を撫でるとかくも心地良さげに鳴き声を出す。
「迷ってなどない」
「今日は、体調不良の為どなたともお会い出来ない、と」
先ほどアルフレッドさんにも申し上げた筈なのですが
「女中から、聞いていませんか」
「聞いた」
「なら、お見舞いにでも来てくださったのでしょうか」
「何故私が、そんなこと」
「そうでしょうね」
わかっていますよ
そう言いながらも、男はナターリヤが近付くのを制止しなかった。
ナターリヤは一度だけ男の髪の毛に触れて、指を滑らせる。
「その目玉を抉りとってやろうか」
肩口に頭を乗せて、一度呼吸をすると、香る。
何の匂いだったかは、忘れたけれど。
「――…有難いお言葉ですが、」
考えて、おきます
「そうか」
「はい」
「本田」
「はい」
お茶が、飲みたい
「わかりました、今淹れさせましょう」
「違う」
「はい?」
お前が、淹れろ
「わかりました」
では、離してくださいませんか
「嫌だ」
「そうですか」
にゃあ、ともう一度鳴いた猫が、男の膝から飛び降りて、軽い身のこなしで塀の外へと消えてゆく。
男も、ナターリヤも、共にそれを目で追うことをしなかったのは、互いに、互いがそこに在る故に。
ただ凛と静かに誘う耳鳴り
作品名:【ノマカプAPH】ただ凛と静かに誘う 作家名:ゆち@更新稀