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ゆち@更新稀
ゆち@更新稀
novelistID. 3328
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【ノマカプAPH】ただ凛と静かに誘う

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「今日は、菊様はどなたともお会い出来ません」


女は静かにそう告げると「申し訳ございません。本日はお引取りくださいませ」と丁寧に頭を下げた。相も変わらず、それは使い古された、抑揚も無い言葉だ。

ナターリヤは、ゆっくりと呼吸をしながら、何時だったかあのうざったい男がそんなことを言っていたような、と記憶を巡らせて、だが同時に浮かんでくる男の顔と、声が、神経を逆撫でて、思い切り舌打ちをすれば、目の前の女がもう一度、「本当に申し訳ございません」と頭を下げた。


「理由は?」
「――・・・わかりません」


菊様は何もおっしゃらない方ですから、
女は一度、ナターリヤの目を見て、開けかけていた唇を閉じ、今度は自分の目を伏せて、ぽつりと言葉を零した。


「どうして、理由を聞かないんだ」
「聞いても、どうにもならないことでしょうから」
「それは、わかるのか」
「だから、お話くださらないのでしょう」


頑なに、女は静かだった。
それが酷く癪に障るはずなのに、同じくらい自分も、静かにそれを聞いていたことに一番驚いていたのは、ナターリヤ自身だった。
痺れた足を少しだけ我慢して、立ち上がり廊下に出れば雪の花がひらひらと地面を染めていた。


この国の冬は、あたたかすぎる。


ナターリヤは小さく息を吐いて、それが共に白に染まるのを見送った。
そのまま、廊下の突き当りまで歩き、右に曲がってそのまた突き当たりへ。障子を開けると、一番綺麗に椿が見える部屋。
その部屋の前の縁側に腰を掛けていた男は、ナターリヤの方も身もせずに、足元に擦り寄ってきた黒い猫を抱き上げた。


「迷い猫が、紛れこんできましたか」


男が、その猫の首を撫でるとかくも心地良さげに鳴き声を出す。


「迷ってなどない」
「今日は、体調不良の為どなたともお会い出来ない、と」


先ほどアルフレッドさんにも申し上げた筈なのですが


「女中から、聞いていませんか」
「聞いた」
「なら、お見舞いにでも来てくださったのでしょうか」
「何故私が、そんなこと」
「そうでしょうね」


わかっていますよ


そう言いながらも、男はナターリヤが近付くのを制止しなかった。
ナターリヤは一度だけ男の髪の毛に触れて、指を滑らせる。


「その目玉を抉りとってやろうか」


肩口に頭を乗せて、一度呼吸をすると、香る。
何の匂いだったかは、忘れたけれど。


「――…有難いお言葉ですが、」


考えて、おきます


「そうか」
「はい」
「本田」
「はい」


お茶が、飲みたい


「わかりました、今淹れさせましょう」
「違う」
「はい?」


お前が、淹れろ


「わかりました」


では、離してくださいませんか


「嫌だ」
「そうですか」


にゃあ、ともう一度鳴いた猫が、男の膝から飛び降りて、軽い身のこなしで塀の外へと消えてゆく。
男も、ナターリヤも、共にそれを目で追うことをしなかったのは、互いに、互いがそこに在る故に。




ただ凛と静かに誘う耳鳴り