きみのち、おれ
上着無しで出かけるには、少し、風が冷たい。
土手に寝転がって草の匂いをかぎながら眠るには季節外れだけれども、代わりに瞳を開ければ寒さが作る透き通ったような青空が良く見えた。
右側から、風に乗ってゆっくりゆっくりと沖田に影を作る雲を目で追った。
ぱちりぱちりと二回瞬きして、ひゅうと一度だけ強く吹いた北風に思わず目を瞑る。
目を擦って、もう一度目を開いたそこに見えたのは、確かに空色だったけれど。
「・・・何」
「別に」
そう答えて置きながら、彼女はそこから動くことは無く、ただじいと沖田を見つめたままだった。
不可解な行動に、沖田は眉を潜めて「だから何なんだよ」と不機嫌そうに再度問い返す。
「お前、私の名前知ってるアルか」
「は?」
「呼んでみろヨ」
「は?」
”かぐら”って、呼んでみろヨ
「何で」
「何でもいいから呼べっていってるアル」
「それが人にモノ頼む態度かィ」
「頼んでないアル、命令してるんだヨ」
”かぐら”って、
「・・・・・・・かぐら?」
今、目の前に広がる空色が、ほんの少しだけぐらぐらと揺れたような気がした。
「・・・・・・無いアルな」
「あん?」
「無い、無さすぎるアル。ミジンコほども無いアル」
ほんのりと赤く染まった鼻を、真新しいマフラーに埋めて小さく、彼女は笑う。
くるくる、傘を三回転半。
そのまま去っていこうとした背中を目に入れて瞬きを一回。
ぎこちなく動く指先で、赤い色をしたマフラーを掴んだ。
「神楽ァ」
たんじょーび おめでと、
空色の目を大きく大きく丸くして、映った自分の顔は、随分と楽しそうに笑っていた。
いつの間にか太陽を隠していた雲が、また流されてゆっくりと光を降らす。
その眩しさに目を細めながら、今日もいい天気だねィと、瞳を閉じた。
きみのち、おれ