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花葬

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淡い月灯りの下。錆付いた血の匂いが夜風にのって漂ってくる。
その風にのる錆付いた血の匂いは濃く、強く。
それは何処か、前兆(まえぶれ) めいていて。

櫻の木に背中を預けてカカシはつい油断して斬られた左腕に包帯を巻く。
(…油断した、ネェ)
カカシはふと苦笑した。
…多分、もう自分のすぐ近くに追っ手が迫ってくるのも時間の問題だろうか。
しかし、ここを逃げるにしても今の自分にはチャクラは残っていず、体はひどく消耗していていうことを聞かない。
万が一、追っ手と対峙しようとも反撃する術もなく自分は殺されてしまうだろう。
けれど、間近に追っ手が迫ってこようとも、不思議と今のカカシは焦燥感を感じなかった。

口で包帯の端を噛んで、空いたもう片方の手でぎゅと締め付ける。途端に白い包帯に滲み出る自分の血。
ちりちりとした熱い痛みにも似た電流が体中に駆け巡る。それに顔を顰めながら視界を横切る淡い欠片にカカシは、ふとその視線を向けた。
ひらひら、と。
血の匂いとともに風に吹かれて、舞い散るのは…櫻の花びら。
「…あぁ、綺麗だネェ」
それを眺めてカカシはちょっとした感動を、言葉に表してみる。
視界にはその仄かな月灯りに照らし出されて、櫻が淡く輝いている。舞い散る花びらもそれに照らされて淡く輝く。
視る者を惑わして狂わす様なそんな儚さ、美しさ。それは例えていうならこの世のものではない様な美しさがある。
「ココで死ぬのも、いいかもネ」
カカシは1人つぶやいてその外気に晒された双眸にうっすらと、笑みを浮かべる。

櫻は、死を司る花だという。
それに心を狂わすのなら死、あるのみ。
今、カカシはその『死』に魅せられていた。

様々な任務と修羅場を潜り、そして多くの血をその手で流し、何度も眼前でただ仲間が死ぬのを何の術もなくカカシは見てきた。
その度に両手は人の紅い血で染まり、心は深い闇に染まった。

生まれ落ちたその時からこの身は忍になることを運命付けられた。
平凡で退屈な日々には今更、戻れはしない。
そう、一生この身は死と隣りあわせなのだから。

カカシは地面に落ちた櫻の花びらを指先で摘まんだ。
もし、この花の下で死ぬのなら、これが自分の身体の上に降り注いで隠してしまうだろうか。
その木の袂に女の様に優しく抱き込んで。

(…できれば女の膝の上で死にたいけど、ネ)

ぽつり、ぽつり。
カカシの周囲の闇に気配が生まれた。
殺気を孕んだ追っ手がカカシをとうとう見つけ出した様だ。
カカシはそれに気がつき咽喉で笑った。

このまま、この花の下で死ぬのも悪くない。
けれど、ハイどうぞとこの身を差し出すわけにはいかない。
「まがりなりにも木の葉の忍だし、ネ。」
その両目を細めてカカシは静かに立ち上がる。
1つ、2つ…とカカシは神経を集中させて気配の数を辿り、うっすらとその薄い唇に笑みを浮かべた。

心の奥底で湧き上がる何かにぞくぞくと震えが走る。
『生』と『死』の狭間にあるもの。
そのギリギリの緊張感。
その堪らない昏い快感が、カカシを狂わしていく。

「そう簡単に殺られはしないヨ。」

風に舞う櫻の花びらと、錆び付いた血の匂いをカカシはその身に纏う。
これから、櫻の下で繰り広げるは…血と狂気と殺戮の世界。

「さぁ、ショウの始まりだ。」

自分の有終の花道を飾るのに、これほど最高の舞台はないだろう?

カカシは一歩、踏み出した。
その色違いの双眸に、狂気の色を宿して。

fin.
作品名:花葬 作家名:ぐるり