トゥーランドット
淡々とした声が眠気を誘う。そもそも昼食後の五時間目という時間はそれでなくとも隙を見ては眠気が襲ってくるような時間帯なのだ。そのうえ、現在教壇に立っているのは“つまらない授業”で有名な、北条の世界史だった。抑揚の無い声が教科書の文字を言葉にしてゆく。
いくつかの頭が机の上に突っ伏されているのを横目で見ながら元就は息を吐いた。瞼が尋常じゃないくらいに重たかった。けれど眠るつもりはない。曲がりなりにも「生徒会長」として生徒のうえに立っているのだ。その自分が居眠りなど許されるわけがないし、たとえ周囲が許したとしても自分自身が許せない。
眠気を飛ばそうと小さく深呼吸をした。吸って、吐いて、吸って、吐いて。三回ほど繰り返したあと、ふいに耳朶を舐めた音に元就の眠気は最高潮近くまで上った。その音は元就の丁度斜め前の席から聞こえた。立てられた銀色の髪の毛は今は見えない。机に突っ伏すように眠る元親から聞こえる音──それは、すやすやと気持ち良さそうに響く、元親の規則正しい寝息だった。見るからに熟睡をしていそうな元親の発する寝息はすぐに周囲へ伝染し、ひとり、またひとりと、まるで戦場で倒れていく兵士さながらに意識をなくしていった。
じわり、じわり、と、自分の身体を舐め始めた睡魔を思う。負けるわけには行かないと、そう思えば思うほどに、睡魔の威力は増していった。
ゆっくりと首を回す。そっと教室中を見回すと、ほとんどの生徒が眠りにつく姿だけが目にうつった。
机に突っ伏しながら眠る者、筆記具を持ったまま眠る者、様々だったが中でも元就の目に引っかかったのは、二列隣の半兵衛の姿だった。生徒会副会長として元就のサポートに回る彼は決して眠ってなどいないだろうと思っていたのだが、半兵衛は一見しただけでは眠っているなどと分からない姿勢──筆記具を持ったまま、ぴんと背筋を伸ばして、眠っていたのだ。
ぐるんと酔いが回るように眠気が身体を襲う。
寝てはならぬと思えば思うほど、そんな元就を嘲笑うように睡魔は元就の身体を舐めた。早く眠ってしまえと言うように。甘美な睦言を囁くように。
目の前にあるオレンジ色の頭が落ちたのを目で拾った瞬間、先ほどは元親のものだけだった寝息がいくつもいくつも多方から響いてきた。
「そういうわけでこの時代ぢゃ……」
──元就が覚えていられたのはその言葉までだった。
作品名:トゥーランドット 作家名:ラボ@ゆっくりのんびり