驚愕の事実
「単純な疑問なんだけどさー、」
ざわざわとした昼休みの喧騒の中、紙パックに刺したストローを咥えながら思い出したように佐助が言った。その視線の先には壁に貼り付けられた期末テストの日程が書かれたプリントがある。一週間を丸々使って実施される期末テストに内心でため息を吐きながら、慶次は購買で買った焼きそばパンの袋を破いて佐助の言葉の続きを待った。
「うちって結構レベル高めの学校じゃん。なのにどうしてチカちゃんがここ入れたんだろうね」
「あー……確かにそれは俺も思う。あいつ、物理以外全部赤点だもんな」
「でしょ? 俺様も頭良い方じゃないけどチカちゃんほど馬鹿ってわけでもないし」
いつも不思議なんだよねぇ、と続けて佐助はストローをすする。茶色がかった透明の液体がストローの中で重力に逆らうように天へ走ってゆくのを見ながら、慶次は佐助の言葉を反芻した。
確かにこの高校のレベルは進学校というわけではなく、だからといって馬鹿高校というわけでもなく、中の上、もしくは上の下といったレベルを誇る学校だった。しかし元親の頭のレベルはどう控えめに言ってもこの高校に入れるようなものではない。物理を除いた全科目が赤点、唯一赤点を逃れている物理とて平均点を大きく下回っているのだ。そんな元親がどうやってこの高校に入学する許可を得ることができたのか──それは佐助でなくとも誰もが一度は思うことだった。
「本人に聞いたら良いんじゃねえ? 元親、いまどこだろ」
「屋上でヤニ摂取中。確か次バレたら退学だったと思うんだけどね」
はぁ、と呆れたようにため息を吐いた佐助は、他のクラスメイトが揶揄るように“オカン”そのものだった。慶次は苦く笑いながら食べ終えた焼きそばパンの袋をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ放ろうとした。が、ふいにゴミ箱の前を通り過ぎた姿を見て動きを止める。そしてそのまま口を開けてその人物の名を呼んだ。
「政宗! ちょっとこっち来て〜!!」
「……Ah? なんだよ大声出して」
怪訝そうに眉間に皺を寄せた政宗がこちらへ向かってくる。にこにこと笑う慶次を見て合点がいったように佐助が頷き、そんな二人を見て政宗は更に眉間の皺を深くした。まあ座りなよ、と椅子を勧めてくる佐助を訝しげに見つめた政宗を真っ直ぐに見据えながら慶次がゆっくりと問うた。
「政宗ってさ、元親と中学一緒なんだよね?」
「そうだけど……それがどうかしたんだよ」
「あのね、俺様たちさっき話してたんだけど、チカちゃんって世辞にも頭良いとは言えないでしょ。どうやってココに入ったのかなぁって不思議になっちゃって」
佐助と慶次を順番に見てから政宗は呆れたように目を細めた。「お前ら暇人だな」と皮肉ることを忘れずに言ったあと、一瞬だけ過去を思い出すように遠い目をした政宗を二人は期待に満ちた目で見つめる。政宗はそんな二人の期待に気付き、焦らすように口角を持ち上げて笑った後、ゆっくりと口を開いた。
「Have you forgotten? うちの学校の入学テスト、Mark sheetだっただろ」
「……まさか、運とは言わないよね?」
「Of course、運なんかじゃねぇさ。ただな、元親のSixth senseは尋常じゃねぇんだよ」
にやり、と悪人のように笑った政宗の言葉についていけないというように慶次の頭上にクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。そんな慶次を嘲笑うように鼻で笑ったあと、政宗はもう一度口を開いた。
「ひとつ教えといてやるよ。元親の入学試験時の得点、数学以外は全科目満点。数学はMark missで四点落としてたけどな」
そう言い終えたあと、ちょうどタイミングを見計らったかのように政宗の携帯が震え始めた。着信を告げたそれ確認した後、小さく笑みを浮かべ、政宗は教室から出て行った。慶次も佐助もぽかんと口を開けたまま、言葉を忘れたようにただ無言でその背を目で追っていた。
「……信じられる?」
たっぷりの沈黙をとったあと、確認するように言葉を漏らしたのは佐助が先だった。慶次がぶんぶんと首を横に振っていると、がらりという音を立てたドアから紫煙の匂いを纏わせた元親が入ってきた。二人の視線が一斉に元親に注がれる。それに気付いた元親は首を傾げて「どうしたよ」と問うてきたが、二人は決してその理由を口にすることなど出来なかった。
作品名:驚愕の事実 作家名:ラボ@ゆっくりのんびり