二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
ラボ@ゆっくりのんびり
ラボ@ゆっくりのんびり
novelistID. 2672
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

どうかあなたに平穏を

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 その家は子供のころからずっと、政宗にとって居心地のいい場所などではなかった。
 周囲の人間から無言のうちに与えられるプレッシャーに政宗が気づいたのは幼児といってもおかしくないくらいにほんとうに小さな頃だった。政宗はひどく聡い子供だった。聡いがゆえに周囲からの期待に気づいていたが、その理由まではわからなかった政宗は与えられる重圧に耐えられず、姿の見えないそれにただ泣きながら怖がることしかできなかった。
 こわい。こじゅうろう、こわい。
 そう言いながら、当時一番歳の近かった小十郎に縋り付いてきた小さな手のひらの力を、あれから十年以上経った今でも、小十郎は鮮やかに思い出せる。


「小十郎、今日は元親んち泊まってくるから迎えはいらねぇぞ」


 学校へ送っていく車の中で苛立ちを隠しながら政宗がそう言ったのを、小十郎は「はい」と頷きながら聞いた。そっとミラー越しに政宗を見遣ると、政宗は気だるそうに頬杖をついて車窓の向こうに流れる景色を眺めていた。
 今朝、政宗は父である輝宗と揉めたばかりだった。元来気性の荒い二人である。ぶつかり合うのはよくあることだったが、重ねた経験の違いから、いつも優勢なのは輝宗の方だった。
 小十郎はハンドルを切りながら今朝の言い合いを思い出した。朝食の時間のことだった。早々に食事を終えた輝宗が煎茶をすすりながら政宗に言った。おまえ、大学に行くつもりじゃねえだろうな、と。


「……それがどうかしたよ?」

「政宗、てめぇにはもう何度も言ってるが、おまえはうちの組を継ぐんだぜ。大学に行って何するつもりだよ」

「大学に行こうが行くまいが俺の勝手だろうが! 心配しなくても学費出せなんて一言も言わねぇから安心しろよ」

「何言ってんだよ。金の心配なんて欠片もしてねぇ。俺が言ってんのは高校出たらすぐにうちを継げってことだ。──大体、高校だって行く意味なんかねぇっつーのに」


 わざとらしいため息を吐きながら輝宗が湯呑みを机に戻した。とん、という軽い音だけが小さく響く。しかし小十郎には政宗の心が怒りで沸騰してゆく音も聞こえたような気がした。ふつふつと、ぐらぐらと。ぐ、と政宗の拳に力が入ったのが見えた。白く変色しかけている拳に自分のそれを重ねたくなった。子供のころのように縋り付いてほしいと、助けを求めてほしいと思った。
 朝食もそこそこに政宗が部屋から出ていく。その姿を見て輝宗がまたため息を吐いた。


「小十郎」


 輝宗が呼ぶ。はい、と返事をして、小十郎は輝宗に向き直った。


「どう思う、アイツ。……まさか継ぎたくねえなんて言うんじゃねえだろうな」

「……分かりかねます」


 そう答えることしか出来なかった。
 少なくとも、中学生になるまでは政宗は自分の将来について何も不満を漏らしたことなどなかった。敷かれたレールに気づいていない、ということはない。微かながら敷かれたレールも、その先にある未来も、政宗には見えていたはずだった。それを受け入れる覚悟のようなものも、あのときの政宗にはちゃんと存在していた。
 それが揺れ始めたのはいつからだっただろう──と、思案せずとも小十郎の脳裏にはある人物の姿が思い浮かんだ。
 長曽我部元親。
 言葉にせず、唇のなかでつぶやくと、反射のように舌打ちも生成された。
 中学で出会って以来、何度かぶつかったこともあったようだが、今でも政宗の一番の友人のようだった。元親に会い、時間を重ねていくにつれ、政宗は変わっていったように思えて仕方なかった。今まで一度も抗ったことのない輝宗の言葉に背いて高校進学を決めたときだって、その裏には長曽我部の存在があったという。余計なことをしやがって、と、邪見に思っていたが、政宗が日常生活を楽しむようになったのも元親と出会ってからだということを知っていた。


「……政宗さま」


 低いエンジン音と同じくらい低い声で政宗を呼ぶ。ミラーの中の政宗はまだ外を眺めているだけだった。


「今朝の……輝宗さまとのことですが」

「小十郎」


 小十郎の言葉を遮るように政宗が声を上げる。淡々としているその声色はまるで他人の身に起こっていることを説明するようなものだった。相変わらず政宗は外をずっと眺めていた。まるで籠に捕らわれた鳥が空を請うるように。あるいは、水槽の中の魚が大海原を夢見るように。


「今まで何も疑問に思ってこなかったことに疑問を覚えると、一気に歩くのが面倒になっちまうよな」

「政宗さま……」

「逃げ出すとは言わねえさ。けどよ、今くらい目ぇ瞑ってろって言いたくなる」


 “普通”の生活なんてすぐに出来なくなるんだから。
 そう言って少しだけ微笑んだ政宗の気持ちがわからないほど愚かではなかった。喉を振り絞ってどうにか「はい」と返す。ちょうど見えてきた学校の正門に合わせて車を止めた。先に小十郎が降りて後部座席のドアを開く。車から一歩降りた政宗の表情は先ほどよりもほぐれていた。


「……行ってらっしゃいませ」

「おう」


 振り返ることなく校門をくぐっていった政宗の背中は、すぐにたくさんの生徒にまみれて見えなくなった。