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カントの秋

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白い薄靄が周囲を包んでいる。その靄の中にニレの木の影がぼんやりと浮かび上がり、一種幻想的な雰囲気を作り出している。
 大通りに植えてあるマロニエや菩提樹は葉を落とし始めている。紅葉樹は既に寒々しいといっていい程だった。
 朝の静謐な空気の中、大声で男の名前を何度も叫びながら先を行く大柄な背中を追う。
「お前、歩くの早いよ~それに、何でお前んちこんなに寒いの~!あ~それにしても眠い~お前は眠くないの?俺、歩きながら寝そうだよ~」
 季節は秋だというのに、ベルリンの気温は冬と言ってもいいくらいの寒さで、俺は思わず肩を震わせた。小走りに歩を進め男ールートビィッヒの隣に並んだ。
 ルートビィッヒは俺の顔を一瞥すると、ふいっとまた厳めしい顔つきのまま正面を見据え
「そもそも、俺の散歩に付いて来たいと言い出したのはお前だろう。お前の文句を聞く筋合いはない」
 と、ピシャリと言ってのけるとルートビィッヒはスタスタと歩みを進めてしまう。相変わらず、つっけんどんな物言いだけれど、呆れているだけで、怒っている訳ではない事を俺は知っている。
「そうだけどさ~」
 唇を尖らせながら抗議すると、ルートビィッヒは溜め息を突きながら「早朝の散歩だなんて、お前の苦手な事以外何者でもないだろ。どういう風の吹き回しだ…」と漏らした。
 マロニエの落葉を踏みしめながら歩く。すると、ルートビィッヒがピタリと歩みを止め振り返り
「まだ、家からそう離れてはいない。一人で戻って寝なおせ」と、まるで作戦を命令する上官みたいに俺に言ってのけた。
 予想だにしなかった男の言葉に一瞬息が詰まり動きが止まる。思わず「えっ!」と涙声を上げた。
「ひっ…一人で帰るのなんて悲し過ぎるよ~!」
 ルートビィッヒの秋物のコートの端を、皺になるのをおかまいなしに、がしりと掴む。
「やめろ!コートを掴むな!俺はこのまま散歩を続ける!お前がどうするかは好きにしろ!」
 俺を振り払うように、ルートビィッヒがコートを翻す。
「わかったよ~俺、がんばって散歩続けるよ!」
「早朝の散歩ごときで頑張るなどと言うな!」
ルートビィッヒの怒号が朝の空気を震わせる。俺は涙目のままコートの裾を離し、ルートビィッヒの隣に並ぶ。スタスタと行ってしまうかと思ったけれど、意外な事に男は俺の歩調に合わせて、ゆっくり落ち葉を踏んでいた。
「一体全体、何故、俺の早朝散歩に付き合うなんて言い出したんだ」
 お前が早朝散歩に行きたがるなんて世界がひっくり返っても、起こりえない事態だ、と続けられ、流石の俺もその酷い言われように抗議した。抗議しながらも、実は心の中では早朝散歩について来た理由を呟いていた。
 ドイツ人というのは無類の散歩好きで、兎に角暇さえあれば散歩ばかりしている人種だ。今日だって、三匹の愛犬はルートビィッヒの兄・ギルベルトの当番の日でありながら、こうやってわざわざ散歩に出かけて来る有様だ。「アスター達もついでに連れてくれば?」と尋ねると「それとこれは別問題だ。当番の順序を崩してしまうし、犬達と一緒では出来ない事、見えない事、考えられない事などを一人の時間で考えられる」と言われてしまった。
「そういうもんなのかな~」と思いながらも、彼等の散歩好きというのは異常ですらあって、比較的散歩が好きな本田すらも辟易する程だった。「私もぽちくんと散歩を毎日30分程致しますが、ルートビィッヒさんのそれは一時間、二時間を越えてらっしゃるでしょう?最早散歩の域を超えていますよ」とげんなりしながら評していた。
 その一時間、二時間を越えてする散歩にまともに付き合えるのは彼の兄くらいで、流石兄弟だな、と思った。

 俺、聞いたんだ。お前んちで散歩を一緒にするのは家族、夫婦、そしてカップルの大切な習慣だって。
 だから、俺も…俺達も愛し合う一組のカップルとしてお前と散歩がしたかったんだ!

なんて事を考えていたのだけれど、本当の事を言ったらきっと、ルートビィッヒは「なっ…!何を馬鹿な事を言ってるんだ!」と、怒りと羞恥で押し黙ってしまい、自然に散歩出来なくなる事必至だ。
「えーと、菊がさ~『早起きはサンモンの得』って言って、兎に角朝早く起きると、何かいい事があるって意味のコトワザが菊の家にはあるって教えてくれたんだ~コトワザっていうのはえーと…なんだっけ…」
「格言や教訓、先人の教えのようなものの事だろ」
「そうそれそれ!」 
 ルートビィッヒがはぁ、と今日朝から何度目かの深い溜め息を漏らす。
「そうか、本田の家にはそんな言葉があるのか」
 自分の足下を見つめながら小さく呟くと、続けて「確かに得をしたな」と漏らした。思わず俺は、ルートビィッヒを見つめながら「?」と疑問符を浮かべた。
「え?SMのエロ本でも拾ったの?」
「拾わん!」
 殴るぞ貴様、と言わんばかりに声を張り上げ怒られた。

「……一度でいいから、お前とこうして歩いてみたいと思っていた。今日、それが叶った。三文以上の得だな」

 一瞬、どういう意味だか理解できなかった。だけれど、じわじわと意味が判ってきて、俺の頬は自然と弛み始めた。
「そっ…それって、俺が大切な恋人って事でいいんだよね!」
 わぁああ、嬉しい!と叫びながらルートビィッヒの胸に飛び込む。
「やめろ!」
そう叫ぶルートビィッヒの顔は紅葉樹よりも真っ赤で、抱きついたコートの胸はじんわり温かく、思わずぐりぐりと頬を擦り付けた。そんな俺をルートビィッヒは必死で引き剥がそうとするけれど、俺もこの時ばかりは負けじと踏ん張った。
「ね、手繋ごうよ!朝早いし誰も見てないよ!」
「繋がん!」
そう、つっけんどんに言い放つお前の手を問答無用で掴む。お前の大きく、温かい手と、俺のひょろひょろと長い手指が繋がり合う。指と指の隙間を埋めるようにして繋がれた指先はじん、と温かくて俺は思わず力を込めた。
「なんなんだお前は」そう苦笑しながらも、ルートビィッヒも握り返してくれる。

 秋はお前の匂いがするよ。きっと、それは森の匂いなんだろう。
 柔らかな秋の日射しの匂いだ、ぬくもりをありがとう。

 大好きだよ、ルートビィッヒ!



 
作品名:カントの秋 作家名:taniguchi