世界を統べる者
番人が足を止めた先。その隣に立ったスザクは翡翠の瞳を零れんばかりに見開いた。目の前にあったのは大きなクレーター上に窪んだ光景。丸く開いたその淵には途切れた道路やビルなどの姿が微かに見えた。ここにも街があったのだろうが、今や跡形も消えてなくなっている。
「――何だ、これ」
「――フレイヤだ」
「フレイヤ?」
「人が生み出した大量破壊兵器。人も街も何もかも消し去る。これが撃ち込まれた時の警鐘を覚えていないか?」
確かにあった。異常なまでの魂魄の発生に中央管理室は全死神に向け応援を要請したのだ。その時、スザクは隣の番人と共に指令に向かっていたため、実際に目にした訳ではないが異様な光景だったと仲間が言っていたのを覚えている。それも一度ではない。何度も繰り返しあったと聞く。
「こんなものを保持している世界なのか……」
「以前はな」
「――あ?」
「あの場所に捕らわれている皇帝により、存在していたフレイアは破壊されたと聞いている」
「――そっか」
番人の答えにほっと安堵する。
「――行くぞ」
再び歩み始めた番人の背をスザクは追いかける。番人の視線の先にあったのは慰霊碑が建てられた一角。そこに幾人もの人影が見えた。
近づくと同時に彼らの顔がはっきりと見え始める。スザクは思わず顔を顰めずにはいられない。そこに集うもの達は皆、覚えのあるもの達だったからだ。
ふと、一番前で慰霊碑に花束を捧げていた車椅子の少女が振り返る。長い亜麻色の髪がゆったりと揺れる。いまだ成人に程遠い少女の瞳は淡い菫色。自分たちに気づいたのか、零れんばかりに目を見開く。。
「お兄、様?」
――小さな声。だが、それは集まった者たちに大いなる戸惑いを与えた。おそらく番人の姿に死んだはずの悪逆皇帝の姿を重ねているのだろう。
菫色の瞳を見開く少女をスザクはよく知っている。だが、目の前の車椅子の少女は知らない。同じく死を司る同僚の双子の妹だ。
(まったく、ややこしいぜ――)
番人が関与し、歪めてしまった世界の理。それがこれほど厄介だとは。禁忌だと言われる所以が今なら分かる。この世界は似すぎているのだ。自分たちの知る世界と。だからこそ、混同してしまいそうになる。まるでこの世界が自分の住まう世界であるかのような錯覚に陥る。
だが、少女が見つめる先にいる番人は顔色一つ変えず彼らを見据えている。番人は一つ溜息をつき、腕を組んだ。
「何だ、俺の顔に何かついているか?」
付いているも何も、彼の容姿を見て驚かない方が不思議だろう。世界中で残虐の限りを尽した最悪の皇帝と同じ顔なのだから。
困惑したまま動かない人々の中、ふらりと近づいたのは赤毛の女だった。
「――ルルーシュ? あんた、本当にルルーシュ、なの?」
震える声で問いかける彼女の碧い瞳がゆらりと揺れた。
「――確かに俺の名はルルーシュだ。――だが、勘違いしてもらっては困る。俺は悪逆皇帝などと呼ばれた覚えはない」
「傍若無人な番人ってのはあるけどな」
「――煩いぞ、貴様は黙っていろ。この能無しが」
「はあ? 誰が能無しだ! 誰が!」
「貴様以外に誰がいる。脳味噌以外に耳まで腐ったか?」
「~~~~ってめ!」
「――あんた達、誰? 顔はそっくりだけど、あいつらと違う。――それにあいつは死んだもの。それにスザクはあれから一度も目覚めない……」
俯き紡がれた言葉は静かだった。静かだからこそ、余計に彼女の後悔がさざ波のように幾度も伝わってくる。彼女はかの皇帝を捕えるものの一人であるのは間違いなかった。
「――カレン・シュタットフェルト。いや、紅月カレンといった方がいいか。――お前が悔やむ理由はなんだ?」
「――え?」
「心に留まり続ける悔恨があるはずだ。――俺は世界を司る番人の一人。黄泉の世界にも通じている。伝えたいことがあるならば言うがいい。その言葉、彼の元に届けよう」
「わ、私は! ――私はあいつを裏切った! だから、今さら何も言っても言い訳にしかならない。でも。もしあいつに伝えられるなら、こう伝えてほしい」
“ごめんなさい”そして。“ありがとう”
番人に向い頭を下げた彼女を皮切りに、次々とかの言葉を発する人々。中には泣きながら謝罪する者たちもいた。だが――。
「騙されるな!」
鋭い声を上げたのは車椅子の少女の隣に佇む女だった。赤い軍服を纏い、怒りに顔を歪めている。
「こやつの言葉に騙されるな! 奴が悪逆皇帝でない証拠はどこにもない」
「お姉様のおっしゃる通りです。みなさん、これほどまでに同じ顔の方が存在するとお思いですか?性格など演じてしまえば分からない」
彼女の後を続けた少女の表情もまた厳しいものだった。番人が見せた過去で彼女の姿を見たが、かの皇帝の妹ではなかったか。
側にいる姉姫ならばともかく、何故彼女まで厳しい言葉を吐き続けるのかスザクには理解できない。
「あの男、眠っていると聞くがそれも事実か疑わしいものだ。――ゼロなど仮面を被れば誰にでもなり替わることが出来る」
ふと、隣から感じた冷気にぞくりと身体が震えた。そっと番人を伺えば、何時にもまして鋭い光を宿したアメジストの光が見えた。
「――本当に貴様らは能無しだな」
大いに呆れを含んだそれは、スザクも日々番人から齎されているものと同じである。相手を完全に馬鹿にした態度は見覚えがある。いや、見覚えも何も常日頃からその対象とされているのが紛れもなく己だからだ。だからと言って今回ばかりは番人を責める気はさらさらない。むしろ賛同してしまったのは、あの歪みの中で彼らの姿を見たからだ。
「何だと!」
番人の声に強く反応したのは赤い軍服を纏った姉姫だった。長い桃色の髪を背に流し、佇む姿は凛と花開く百合に似ている。
番人は女の問いかけに目を開くと、ついと細め彼らを見据える。細められた眼光は鋭く、宿る光に背筋が震える。彼の怒りが辺りの空間を震撼させ、空気を凍らせている。その気迫は鬼神とも言わしめる地の王――サタンに匹敵する。
「何故貴様らには分からない。眠るあの男のこころの叫びが何故聞こえない。皇帝ルルーシュの魂を捕えているあの男は真にこの世界の崩壊を望んでいる」
「な、に?」
姉姫はようやく困惑した表情で番人を見つめる。
番人の怒りがあたりを支配する。
「何故と問う前に、お前たちは考えたことがあるのか? 奴らがゼロ・レクイエムという道を選んだそのわけを――。」
返す言葉を見つけられるものなど誰もいはしないとスザクには分かっていた。彼らの計画“ゼロ・レクイエム”と呼ばれた導でさえ、彼らは気付けなかったのだから。
「ならば、教えてやろう。あの男が何を望み、そして何処にいるのか。貴様らは知らなければならない。――何故なら、彼らの意思を引き継ぐと自らが決めた者たちだからだ」
番人が手を上げると同時に眩い閃光が辺りを覆いつくした。