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夜明けの鳥に告ぐ

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頭上には降り注がんばかりに星が瞬いている。それを見上げながら、寒いと自分の服を抱き鼻を啜りあげると、見越したように二階の窓が開いた。築何十年かのボロアパート二階、角部屋、八畳一間、ユニットバス。205と禿げた文字で書かれた部屋番号。その部屋の窓からのぞく真っ黒の瞳。面白がるように彼は自分を見下ろしている。きっと、自分がずっとここで立っていたことなどとうにお見通しなのだ。

「上がらねェのかよ」

アルミサッシに肘をついて意地の悪い顔で彼は言う。耳鳴りがするほど冬の空気は冷たく澄んで、服の隙間から冷たい風を差し込んでくる。行ってもいいのかと尋ねる自分の声はかすれていた。寒さのせいではなく、頬が紅潮しているのが分かる。きっと今の自分は馬鹿みたいに赤面してしまっているに違いない。半開きになった口から白い空気が漏れていく、伊達殿、政宗殿、喉がひしゃげてうまくしゃべれたかわからないが、焦れるように名を呼んだ。見上げる先の一つきりの黒い瞳が楽しげに細くなる。猫のように細い瞳孔がじりりと縮む。前にも見たことがある。と思いだす。わずか四日前の寒い夜のことだった。
それは酔った勢いと片づけるのはたやすいが、一時の気の迷いと言うには鮮烈過ぎて、今でも幸村の盲目をじりじりと焼きつける。むき出しの白熱灯からこぼれる強い光、窓から入る夜の明るさ、水底のような朝の空気、冷たいフローリング。氷のように冷たい体温、薄い布団、一つきりの瞳が熱の中でじりじりと揺れるさま。こもった部屋のあの空気。幸村は浅く呼吸する。鮮烈な記憶が胸の底を焼いてならなかった。
黙ったまま口をつぐんでいると、おい、そこの赤いの、と二階の窓の男が言う。はっとして意識を戻すと、男は肘をつくのをやめて窓の枠に両手を置いていた。

「何で来たんだ。」

問いかけは静かだ。しかし幸村はやはり彼も覚えているのだろうと、その言葉を聞いて思った。漆黒の瞳がちらちらと揺れ、その深い光彩の奥に自分と同じような熱の片鱗を見る。この男も自分と同じなのだと思うと心臓が高なった。耳の裏をどくどくと血が駆けて行く音がする。勢いのまま口を開き、会いたかったゆえ!と叫ぶ。顔が熱い。窓から見下ろしていた男のめが一瞬大きくなり、それから少し間をおいて、彼はぶっと噴き出した。
くつくつと揺れる背が、あんたは面白いな、と呟く。

「来るならさっさと来いよ。俺の気が気が変わらねェうちにな。」

男はそういうとがらりと窓を閉めて部屋の中へ消えてしまった。慌てて錆びてボロボロになった階段を駆け上がる。階段を上ってすぐにある彼の部屋の扉は確かにあいていた。ノブを回す、手前に引く。扉の向こうで腕を組んでにやにやと笑う男がいた。釣りあがった口がさあ、と呟く。

「熱くさせてくれるんだろ?」

こらいきれずに部屋に飛び込みとびかかり、背後で扉のしまる音を聞いた。
あとはもう、言うまでもなく。

作品名:夜明けの鳥に告ぐ 作家名:poco