二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

いま、水平線あたりでは

INDEX|1ページ/1ページ|

 
瞼の裏が熱い。徹夜明けにはすがすがしすぎる真夏の空が、大口をあげて頭上に広がっている。蝉の鳴き声もいよいようるさく、クーラーの効きすぎた部屋のせいで関節が少し痛かった。部屋の構造がら伊達のスペースには大型エアコンの吐きだした冷え切った空気が直撃する。真夏でも室内で長袖を着用しているのはそんな理由からだ。冷え症であるわけではないし、寒さに弱いわけでもない、ただエアコンの空気が体に合わないようで、夏バテと相まってこの季節は伊達にとっては苦行の日々だった。こうして外に気分転換に出ても、一向に関節の痛みはひかない。これだから夏は、と実家のこちらと比べればまだ過ごしやすい夏を思い返してみる伊達である。
購買でカフェオレを買い、工芸棟前のベンチでストローをさす。見事なまでの蝉しぐれが頭上からこぼれてきた。食堂脇やピロティのベンチと違い、ここは桂の木がちょうどよく日差しをさえぎってくれるため快適なのだ。気温自体のことを気にしないのならばだが。ぐったりと背もたれにもたれながら頭上を仰げば、丸く愛嬌のある葉が風に揺れていた。紛うことなき夏である。

「なにしてんの?」

振りあおいでいた視界が、顔でいっぱいになる。うおっと思いっきり体をを起こすとのぞきこんでいた奴の額と直撃し、お互い額を押さえながら不恰好にうめいた。のぞきこんできた男はベンチの向こう側でうずくまっている。竜の旦那頭固すぎ、と重ねた手のひらの隙間から恨み事を叩かれるが、痛いのはこっちだって同じだ。
背後でうずくまる男の名を猿飛佐助という。同期生で、デザイン科であとは何だったかよく覚えていない。赤くなった額をこすりながら少々瞳を潤ませて佐助が伊達を見上げる。伊達もジンジンと痛む額に手を当てながら佐助をにらんだ。俺のせいじゃないし、という佐助の顔も苦い。声掛けるんじゃなかったと呟きながら佐助は立ち上がり、やれやれと言うように肩をすくめて何してるのと再度同じ問いかけをしてきた。

「気分転換」

右手で相変わらず額をさすりながら背後の佐助を仰ぎいう。外に出てきているので羽織っていたカーディガンは膝の上に引っかかっていて、今は少しそれが暑かった。佐助は器用に片眉をあげて見せて、ふうんと口の中で呟くようにした。クーラーに当てられて体調崩したとかかと思った、と憎たらしい口をきく。膝に服が乗っているところでばれてしまっているのは分かっていたが、指摘されるのはあまりいい気分ではない。黙れ、と短く言うと、こわっという言葉とは裏腹に楽しげに笑ってずうずうしく横に座り込んできた。ベンチとはいえそんなに大きいものではないから、男二人が並べばそれなりに狭い。別に足が触れ合うくらい窮屈というのではないが、たかだか十五センチぐらいの間では、夏のこの気温はつらいものがある。暑苦しいからどけと視線で訴えてみるものの、涼しげな表情をした佐助は機嫌よさそうに口笛なんてものまで吹いている。つくづく癇に障る男だ。

「shit,てめぇは暑くねぇのか」

暑さのせいで機嫌がすこぶる悪く、いつもよりもだいぶトーンの下がった声音でいえば佐助は口笛をやめてちょっと遠い眼をした。

「俺様暑苦しいのには慣れてるから」

はは、と乾いた笑い方をする佐助をみて、こいつも多少は苦労しているのかと少しだけ溜飲を下ろしてやることにした。

***

特に会話もなく、暫くぼんやりとどこかを眺めていると、不意に佐助がねぇ、と話しかけてきた。残り少ないカフェオレの中身に気を取られて反応が遅れたが、何だと答えると佐助は少しだけ神妙な顔をしている。

「あのさぁ、真田幸村って知ってる?」
「uh?あぁ、あの戦国武将の」
「うんそうだね、いるね、だけどそうじゃなくて真田幸村ってやつが一回生にいるのを知ってるか、って聞いてんの。」

なんのじょうだんだそれは、と少しだけ思う。知り合いなのかと佐助に尋ねればうん、幼馴染と帰ってくるからますます怪しい(別に悪い意味でなく)。ついに飲みきってしまったカフェオレをつぶしながらそれで、と促せばそいつ彫刻専攻なんだけどね、と佐助は続けた。

「何でも受験生時代に見たあんたの絵が忘れられないらしくて、紹介しろってうるさいんだよね。これが」
「絵って、何の」
「制作展に出してたやつ。水平線がなんとかっていう」
「平行だ」
「そのなんとかってやつがすごい気に入ったらしくてさー。ちらっとでいいから会ってあげてくんない?」

もうなんか断るのめんどくさくて、と佐助は苦笑しながら言った。そうやってふと細められる目が、今まで見たこともないようなたぐいの表情を形作っている。ほぼ無意識なのだろう、いや、無意識だからこそか、と伊達は考える。
(めずらしいもんみた)
潰したパックを念入りに折りたたみながらそんなことを内心で呟いた。余り深い中というわけではないが、今まで付き合ってきた中でそんな佐助の表情を見たことはほとんどない伊達である。深入りしないし踏み込ませない、そんな佐助が、たかだか幼馴染に向けて、さも大事そうな表情をする。かまわねぇよ、と伊達は口に出した。正直佐助にそんな表情をさせる奴がどんな人間か気になったっということもないわけではない。

「で、そいつどんな奴なんだよ」
「一言でいえば暑苦しい、かな。彫刻の制作室行けば殴り合ってるとことが見れると思うよ。」
「誰と」
「武田教授。」

そいつはcrazyな話だ、と想像して伊達は少しげんなりした。ただでさえ熱い武田教授はできれば夏にお目にかかりたくないたぐいの人間だ。それと似たようなのがいたとして、それがじぶんにあいたがっている、と、伊達は考えてさらにげんなりする。先ほどの好奇心もなえると言うものだ。暑いのは好きではない。暑苦しいのも正直ごめんだ。

「…涼しくなったら。」

その答えに、旦那が秋まで待てればいいけどと佐助は笑う。まあ、そっちまで迷惑が飛びしないように気をつけるけど、旦那は火がつくと一直線だからあんまり期待はしないでねと何やら不穏なことを口走りながら立ち上がり颯爽と歩き去っていった。
絵を褒められるのは正直嬉しいものがあるし、それで会いたいと言われるのもそんなに悪い気がするものでもないが少しばかり面倒でもある。佐助の言うとおり、暑くるしいのならなおさら。はあ、と溜息を吐き、丸めたごみをゴミ箱に捨て、ようやく痛みのひいた関節をほぐしながら伊達は制作室への階段を上っていった。

ちなみに、伊達が真田と出会うのはこの日からわずか二日後のことである。


作品名:いま、水平線あたりでは 作家名:poco