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飼育のゆきとどかない動物園みたいな楽園の夢を見ている

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筆を置く、絵の具を出す。雑巾で拭きとり、また筆を動かす。そのたびに揺れる茶色の長い髪が小さい座椅子の上に揺れて、ああ結構長いんだななんて呆けたことを考えさせる。油画の制作室とは違い、工房のようになったこの部屋には天井に近いところに横長の窓がある。そこから差し込む穏やかな日光に照らされて、部屋の中には暖色じみた色が広がっていた。しゃ、しゃ、と筆を滑らせる音がする。勢いだけで書くのかと思いきや、真田の筆は見た目に反して繊細だった。不思議な熱を込めた瞳が二つ、キャンパスを眺めている。
伊達が真田の制作室を訪れるのはこれで二回目だ。一度目は同期の徳川に会いに行ったつでにのぞいたものだから、真田に会いに行く、という名目のもとで来たのは初めてということになる。特に用事があったわけではないが、気が向いてちらりとのぞいた先でぺたぺたと油絵の具をいじっている真田を見た時は正直ちょっと驚いた。今日は所謂創立記念なんとか、というもので、大学の講堂では何やら式典が行われるらしい。そんなものに参加する気は毛頭なかったが、特に用事もないため制作がてら伊達は学校に訪れていたのである。今日という季節がらか、学内はひどく閑散としてうら寂しい。そしてだれ一人いない制作室の中にただ一人で真田が絵を描いているというのも、なかなかに不思議な光景ではあった。
ガシャ、という音が建てつけの悪い扉からする。キャンパスに向けられていたはずの瞳が音源であるこちらを振り向いて少しばかり後ろめたい気分になった。伊達殿、と真田が名を呼ぶ。よう、とこちらも言葉を返す。軽い挨拶のようなものを交わしてそれから暫く言葉はなかった。
伊達の視線が落ちる先で筆が綺麗に弧を描く。太く伸びるオレンジ、イエロー、夕日が落ちる瞬間のような色合いだと伊達は絵を見ながら思う。紙パレットの上は混色された数多の色でむせ返るようだった。この男に似た、真夏のようなにおいがする。筆洗器に荒く筆を突っ込み、筆立てから細い一本を選びまたキャンパスに向かう。取った色はビリジャンとイエローオーカーを混ぜたような色、風景画か、とようやく伊達は尋ねた。真田は少し驚いたように伊達を見上げてから、照れたように視線を動かし、心象風景のようなものでござると小さな声で言った。

「何で照れてんだよ。」
「いや、その、」

真田は少しもごもごと口の中で言葉を転がしていたようだったが、夢で見た風景ゆえ、とややあって話しだした。最近同じような夢ばかり見るのだと真田は言う。夢の中はいつだって黄昏時で空は燃えるように赤く染まっているのだと。草木はなく永遠と大地だけが広がっている中でただ一人きりで何かを叫んでいるのだと。目が覚めると堪らなく虚しくなり、悲しくなり、そして嬉しくなるのだと。

「吹いている風の匂いすら思い出せるのでござる。」

生々しい現実味を帯びた不思議な夢を見るのだと真田は告げキャンパスを見た。ぱちりと丸い黄色みがかった茶色の瞳をそむけることなく真田は少し笑う。わだかまりがあるから、それをどうにか形として発散できないかと、その絵は試行錯誤の結果らしい。それをまじまじ見られてしまったのはなんだか気恥ずかしかったのでと、続けて先ほど口ごもった経緯を告げた。
真田は再び細い筆を手に取り、筆先を絵に滑らせる。赤く塗られた地平線はどこまでも広がり、墓標のような黒ずんだ影が幾多も積み重なるようにして手元まで伸びている。伊達は段々と赤く染め上げられていく絵を眺めながら、この地平線の先に真田は一体何を見たのかと、そんな他愛のないことに思いをはせる。