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求めよ、されば与えられん

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人の欲求というものはきりがない。いつだって、なせることには限りがある。
その時々において、どちらもを欲しながら、しかしどちらかを捨てねばならぬという選択を迫られることは、往々にしてある。

たとえば寝坊した朝のメイクと朝食。
ネイサン・シーモアはメイクポーチを取り出しながら、ため息をついた。
いつもはもっと早起きで、メールのチェックをしている間にトーストを焼き、たっぷりのサラダとカフェオレとともに朝食を摂り、それからしっかりとメイクをする時間を確保している。
その日は本当に不運に見舞われたとしかいいようがない。
クライアントとの会食で帰宅と就寝時間が遅れた翌朝に、目覚まし時計が故障した。
電源系統に異常をきたしたか、むなしくゼロが4つ並んだデジタルの表示板を見て、ネイサンが悲鳴を上げそうになったのも無理はない。
15分で支度をして家を飛び出れば、遅刻という不名誉を被らなくて済む時間であったというのは、不幸中の幸いだろう。

不運はたいてい重なってやってくる。その日のネイサンの不運は、それだけでは終わらなかった。
アポロンメディア本社ビルの1Fは改装中で、そこにあるはずの売店はすべて臨時休業だった。
そしてネイサンがその事実を思い出したのは、本社ビル正面の自動ドアが開いてエントランスロビーに入ってからだった。
シュテルンビルト中心部に位置するこのビルを出れば、ベーグルを販売している移動ワゴンや軽食を売る店など目移りがするほど存在しているというのに。
戻ろうかと思案を始めた瞬間、無情にも手首のPDAが着信を知らせた。
アニエスの声が聞こえた。出動要請の着信だった。

今回のターゲットは、強盗だった。
捕らえてみれば生活苦から犯罪に手を染めたというよくあるパターンで、おまけに単独犯。
通常ならば何のことはない捕獲劇であったはずが、問題は彼が逃走に使ったバイクである。
ショールームから盗まれたそれは発売前の高性能な最新型モデルで、速度も出れば小回りも利き、身柄確保にかなりの時間と手間を必要としたのだった。
さぞかしバイクメーカーは宣伝になっただろうと思わず毒づきたくなるというもの。

アドレナリンで空腹を紛らわすにも限界がある。
アポロンメディアの控え室で、ネイサンは額に手をあてた。
そのままフード型のマスクを背中へ脱ぎ下ろすとため息をついた。
「もう。おいしいものを食べにいかなきゃ、ワリにあわないわよ」
顔を俯けたネイサンは胸の内でつぶやいた。
川のほとりのあのレストランで、心地よい海風を感じながら名物のアクアパッツァとワイン――それもとびきり高級な白を堪能しなければこのストレスは晴れそうもない。

「元気ねえな。腹でも減ってんのか?」
不意に隣から投げかけられた声に、ネイサンは視線を向けた。
そこには緑色のバトルスーツに身を包んだ巨漢の姿がある。
同じくヒーローとして日々この街を守る仲間でありライバルである存在の一人――名はロックバイソンという。

レディになんという質問だろう。
うら若き乙女の元気がない原因の一番目にそれを導き出すだなんて。
だからアンタはモテないのよ、と嫌味の一つでも言ってやりたくなる。
しかしそれが正解なのだから仕方ない。ネイサンは溜息と共に答えた。

「……朝ご飯食べられなかったのよ。」
「なんだ、寝坊か?珍しいな」
「目覚ましが壊れたのよ!おまけに出勤したらすーぐ出動だったじゃない?飴玉の一つも口に入れる暇なかったわ」

「ほれ、これでも食っとけよ」
室内に放置されていたと思われる、彼が好んで着ているレザージャケットのポケットをごそごそと探っていたロックバイソンの大きな掌が取り出したのは、小さな包み紙だった。
彼のスーツと同じ色のパッケージには、ショッキングピンクの文字が書かれていた。いかにもジャンクフードと言った色使いだ。

「お、俺にもくれよ」
座っていた椅子の上で体を反転させて、椅子の背にもたれるような格好で笑顔とともにそう言ったのはワイルドタイガーだった。
この二人は同じ学校の出身であったようで、仲がよい。バイソン――本名はアントニオ・ロペス――が笑顔でもうひとつの包みを差し出してやる。
ワイルドタイガー、鏑木・T・虎徹もまた笑顔でそれを受け取った。
「おじさん、お行儀が悪いですよ」
「堅いこと言うなって、バニー」
横に座っていた金髪メガネの青年が、たしなめるように声を掛けた。

「これ、懐かしいよな」
「ガキの頃のおやつは大抵これだったよな」
そんなバーナビーの言葉は意に介さず、ベテランヒーロー二人組は思い出話に花を咲かせているようだ。
バーナビーがあきれたように嘆息する姿を横目に、ネイサンはパッケージを開き、中身を口に放り込む。
それはチョコレート菓子だった。
甘い。チョコレートの中身はキャラメルのような歯ごたえがあった。
いかにも子供が好みそうなどこか平坦な甘さ。
普段のネイサンの好みとは違うかもしれなかったが、まさに地獄に仏というもので、今の空腹にはありがたかった。
これはロックバイソンのスポンサーであるクロノスフーズのものだろうか。そんなことを考えながらネイサンは口を開いた。
「これ、有名なの?」
ぱっと二人の目が向けられる。

「そっか、おまえは知らないのか……時代かね」
「お坊っちゃんは体に悪いっつって食わせてくれなかったんじゃねえの?」
有名企業の息子として生まれた自分は、たしかにジャンクフードの類を口にしたことがなかったとぼんやり回想した。



それから数日。
アポロンメディア本社ビルの改装工事は終わっていた。
エントランスの自動ドアが開き、吹き抜けのエントランスロビーには明るい陽光が差し込んでいた。
壁を塗り変えて真新しく見える小さな売店に立ち寄り、ミネラルウォーターと雑誌を買う。
ネイサンは、レジ横の小さなボックスに無造作に放り込まれている緑色の小さなパッケージを見つけた。

釣り銭で買える程度のささやかな値段のそれが、先日バイソンが自分にくれたチョコレート菓子だと気づいたネイサンは、綺麗にマニキュアの施された指を小箱へと伸ばす。
小さいパッケージに包まれたチョコレート菓子をいくつかつまみ上げるとレジの店員に小銭を手渡し、ネイサンは売店を後にする。

ちょうどその時、エントランスホールに一人の男の姿を見つけた。
長身のがっちりした男らしい体格を、レザーパンツとレザーのボア付きジャケットに身を包んだ巨漢が歩いている。
チョコレート色のクセのある頭髪を、オールバックに撫で付けた男にネイサンは微笑みかけた。
「おはよ。」
肩口に上げた手のひらの、指だけをちょいちょいと曲げてネイサンが朝の挨拶をすれば、アントニオもまた片手を上げて答えた。

「この前のお礼よ」
そう言うやいやなネイサンが放り投げた緑色のパッケージを、少し慌てた様子ながらしっかりと受け止めたアントニオは、先日のチョコレート菓子だと気づいたようだ。
「お、サンキュ」
まるで子供のような、屈託のない笑顔が返ってくる。
その子供っぽいパッケージを剥いだその中に現れるのは、彼の髪の毛と同じ、ブラウンのチョコレートに隠された甘い甘いタフィー。

人の欲望というものに限りはない。