ろいえど小話詰め合わせ
鋼の、と呼ばうあの声が嫌いだ。
人をじりじりと苛つかせる視線も、己より高い背丈も、
焔を錬成する際の指を擦り合わせる仕草も、何もかも。
そのようなことを嫌味たらしく男に話すと、彼はにいと笑って
君にそこまで熱烈に想われて光栄だ、ときたものだ。
胸糞が悪い。手始めに、ぱん、と一つ掌を合わせる。
「鋼のは本当に素直でない」
「煩い、しね」
(やさしい大佐)
軍の狗と呼ばれている。
その呼称は、子供でも大人でも関係なく、どこからともなくやって来ては
足元から腰の辺りを這ってゆき、首の付け根をちり、と焦がす。
「君がそのような些末事を気にする殊勝な人間だとは思わなかったよ」
「・・・あんたと話してると何もかもどってことない気がしてくるわ」
「それは良かった」
(寝込みをおそってはいけません)
唇が、相手のそれを掠めるか否かというところで姫君が目覚めた。
金色の瞳が幾度かぱたりと上下する。素直に、美しい色だと思う。
「お目覚めの気分はどうだい、鋼の」
「さいあくだ!」
(雨の日のおしごと)
温度の無い脚と腕をひどく嬉しそうに撫でる男がいる。
雨の日は連結部が痛むなどとうっかり口を滑らした己が憎い。
こんなものよりも、女の肌に触れていれば良いものを。
それはもう温かで、きっと柔らかいに違いない。
「・・・雨の日が無能っていうのは取り消してやるよ」
「それはそれは、恐悦至極にございます」
(愛しいあなたにくちづけを)
音がした。
ふと周囲を見回すと、彼の足元ににぶく光るものがある。
国家錬金術師の証を、ここまで粗末に扱える者もなかなかいるまい。
ソファの上で眠りこける彼を一瞥する。
拾い上げた銀時計の内側にある刻印の意味を知った日から
無茶ばかり無謀ばかりの子供から益々目が離せなくなったのだ。
「・・・どうか彼に、彼の旅路に、神の御加護があらんことを」
祈る神など持ち合わせていないというのは彼の言だ。
尤も、己もそれに縋るつもりなど毛頭ない。そのはずだったのに。
万感の想いをこめて、冷たい銀に、唇を落とした。
作品名:ろいえど小話詰め合わせ 作家名:minami