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灯千鶴/加築せらの
灯千鶴/加築せらの
novelistID. 2063
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「よかった」

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「良かった」

ふと気がつくと、隣に傑が居た。
あぁ、夢なんだな、と分かるまで1秒もない。
傑が俺の傍に居るなら、これは夢だ。俺は今、寝てるのだ。
そう言えば少し、身体が重い。

不思議と言葉は出なかった。
あれほどもう一度会いたいと、会って話が出来たらと思っていたのに、現に傑が隣に居ても言葉など出てこなかった。
そう言えば「話がしたい」とは思っていても、「何を話したいか」は考えていなかったような気がする。

傑に誤解されたままだったコトは駆の存在で昇華されたし、一旦は遠のいた代表に戻ったことも報告したいけどもう知ってそうな気がした。
何を話そうかと云うほど話したいことは無くて、ただここに傑が居るならそれでいいかと思った。
傑も、特に何かを言うわけじゃなかった。
しばらく二人でぼーっと座って、肩に頭を預けたり預けられたりして、黙っていた。

そういえば生きていた頃にこんな風に過ごしたことは無いかもしれない。
滅多に取れない時間をやりくりして会ってくれる傑と何もしないで居るのが勿体なくて、どうしてもボールを蹴ったり、試合を見ていたり、衝動に任せて熱を奪いあうような真似をしていたように思う。
それはそれで楽しかったけど、「何もしない」ことをするなんて過ごし方をついぞしなかったのは、今となっては惜しい気もした。
傑と出来なかったことの一つだ、と気付いてしまったからだろうか。

不意に、傑が視線を寄こした。

「荒木。お前を愛して良かった」

歪めた顔は今にも泣きそうで、無理してんじゃねぇよバカ、と言いたかった。言えなかった。
言いたいことが無いんじゃなくて、いくらでもあったけど、一つひとつが胸の中で大きくなりすぎて喉を通れないほどの塊になってるんだと気付いた。今更過ぎた。
喉から出られなくて行き場をなくした感情は決壊してぱたぱたと溢れた。

「ばか、バカ、良かったとか……ひ、とり、で。完結してんじゃ、ねぇっ……!」

俺は良くない。ちっとも良くない。
お前を愛して良かったなんて、過去形に出来る程度の想いじゃない。

「傑……っ」

縋りついた身体は俺より少し小さくて、傑の時が15歳で止まってるんだと嫌でも理解したけど。
それでも、二年前で止まっている傑を、過去になんて出来ない。

「お前を愛してる、まだずっと、この先も。
 それで良かったかどうかは、サッカーやめてから決める。……それでいいだろ?」
「あぁ。じゃ、ずっと結論は出ないってことだな」
「なんだよそれ」
「俺と同じくらいサッカーを好きなお前が、本当にサッカーやめる日なんて来ねーよ」

事実を指摘した傑が、満足そうに笑う。
さっきみたいな苦しげな笑顔じゃなくて、それに少しだけほっとした。

途端に、掴んでいたはずの身体は消えちまったけど、夢にしたってあまりに空想的で全然喪失感が無かった。
現れた時と同じように突然消えたなら、きっとまた唐突に現れやがるんだろうな、と思ったら夢にこだわる気もしなくて、満ち足りた心地で目を覚ました。


「――よく寝てましたね、荒木くん?」
「うわぁ岩城ちゃんオハヨウゴザイマス」
「ははは、授業中は『岩城先生』ですよ? とりあえず後で国語科準備室に来なさい」
「サーセンっした……」


Fin.



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最後ギャグにしないと私の心臓が持たなかった。
神出鬼没の傑。


11.09.01 加築せらの 拝