ハツコイグラデーション1
僕の記憶の中には、たった二回逢っただけの、初恋のヒトがいる。
セブンと同じく男ばっかりのチームでサッカーしてた女の子で、歳は僕と同じ。
僕や兄ちゃんが入ってたチームが二度だけ対戦した、隣町のチームに居た子だ。
「ゆーちゃん」って呼ばれてて、肩くらいまでふわふわした茶色い髪を伸ばしてたけど、溌溂とした印象だった。
ポジションはトップ下だったけど守備も凄く巧くて、二度目に戦った時も、セブンから僕へのパスは殆ど通らなかった気がする。
カットされたと思ったらあっという間に運ばれて、兄ちゃんがチェックに行ったらさすがに前を向かせてもらえなくてどんどん追いやられたんだけど、ある程度まで行ったところでサイドチェンジ。
追い込まれてたんじゃなくて、パスした先に奪いに行けないように兄ちゃんを引きずってたのか、ってそこで初めて気がついた。
兄ちゃんだけは先に気付いてたみたいで渋い顔してたけど、マークを引き継げる位置に誰も居なかったから兄ちゃんが付かざるを得なかった、というのは後で聞いて分かった話だ。
『アイツ、視野が広い。すげー上手いし、きっとまた会うことになるな』
兄ちゃんはそう言ったけど、残念ながらそれから大会で当たることはなかった。
お互いにサッカーを続けてれば……と思ったけど、そもそも中学で続けるんだとしても女子サッカー部と会う機会はあまりない。
セブンがサッカー続けるなら、同い年だし、会うこともあるだろうし……とも考えたけど、当のセブンはアメリカに行ってしまった。
きっとあの子と会うことは二度と無いんだろうな、って心のどこかで観念してた。
仮に会えたとしたって、告白とか、するわけじゃない。
小学生の頃にたった二回だけピッチの上で会っただけの相手から告白されたって、相手も困るだけだろうし。
だからこの思い出は、綺麗なまま僕の心の奥に仕舞い込んで置かれることになった。
「ゆーちゃん」と呼ばれて振り返る、彼女の笑顔の鮮烈な印象がいつまでも燻ぶるんだろうと思っていた。
僕の知る彼女はあの二試合で見たものが全てだったけど、そんな初恋もありだと思った。
……その、はずだった。
***
鎌学中の入学式の日、僕は職員室で初恋のヒトと再会した。
(あ、「ゆーちゃん」だ)
担任にサッカー部への入部届を出した時に、たまたま鉢合わせた。
先生たちの机の列を反対側から回ってきたらしく、顔を見合わせる瞬間までは気付かなかったんだけど。
――思わずその場に立ちつくした。
なにしろ「ゆーちゃん」が、僕と同じ、男子生徒の制服を着ていたものだから。
面識がある、と気が付いたのはお互いさまだったようで、職員室を出てからどちらからともなく話し掛けた。
「えっと……一昨年、練習試合と大会の予選で会ったことあるよね? 俺は佐伯。佐伯祐介」
「僕は駆――逢沢駆。じゃあやっぱり、あの時の『ゆーちゃん』?」
「あっ、その呼び名覚えてたのか……う、うん。それ俺のことだと思う」
本名を知らなかったから、唯一知っていた愛称で呼べば僅かに頬が朱に染まる。
なるほど、ちゃん付けされていたし顔も中性的だったからすっかり女の子だと思ってたけど、『祐介』でも『ゆーちゃん』には違いない。
小学生くらいまでなら男の愛称にちゃん付けだってないわけじゃないし。
「さすがにその呼び方はアレなんで、『祐介』で良いよ。駆って呼んでも?」
「勿論! そっか、祐介があの時の……兄ちゃんのマークを引き摺ってサイドチェンジした時のあれ、凄かった! 今でも覚えてるよ。兄ちゃんなんて『分かってたのにやられた』ってすごく悔しそうにしてて……あ、兄ちゃんって言うのは――」
「さすがに知ってるさ。ここの二年の逢沢傑さん、だろ。だから俺、鎌学受けたんだけど……へへ、手放しで褒められるとちょっと照れるな」
話しながら、色んな感情が浮かんでは埋もれた。
また会えたのはたまらなく嬉しい、けど男だってのは凄く残念。
でも『ゆーちゃん』に心を奪われたのは、弾けるような笑顔にときめいたからだけじゃなくて、そのプレーにも魅了されたから。
だから祐介と一緒にサッカー出来るんだ、ってことは掛け値なしに心が弾む。
小学生の頃ならともかく、女の子じゃ、これからも同じピッチに立つことは出来ないから、そう思うとやっぱり男で良かった、ような気もする。
それに、僕が見惚れたあの笑顔は、ちっとも変わってなくて……って、何考えてんだ!
そこでふと我に帰った。
それじゃまるで「男だけどやっぱり好き」って言ってるみたいじゃないか、って。
さすがにそれはない、祐介は男なんだってば。と自分に言い聞かせて、二人で教室まで戻った。
初恋の相手が男だったなんて黒歴史だなぁ、これ墓まで持っていく秘密だよなー、なんて考えながら。
To be continued...?
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11.03.23 加築せらの 拝
作品名:ハツコイグラデーション1 作家名:灯千鶴/加築せらの