冬の初めの休日に
「わ、」
外に出た瞬間、ひゅる、と吹き抜けた風に首を竦める。
慌てて上着の前をかきあわせたが、入り込んだ冷気には抗いようもない。
肩を震わせて、くしゃみをひとつ。
「なんだ、風邪か?」
「いえ、ちょっと風が冷たかっただけです」
「調子が悪いのなら無理はするな?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
後から出てきたシュミットが、顔を覗きこんできた。
額がぶつからんばかりの位置でじっと見つめてくるので、困り顔で眉を下げると、
「大丈夫そうだな」
どうやら本当に体調不良かどうかを見極めていたらしい。
離れていく額に、苦笑をひとつ。
「信用ないですね」
「お前は限界まで黙っていて、突然ダウンするだろう、いつも」
そういうシュミットだって、自分が風邪を引いたときは、プライドが邪魔して自分が病魔に負けたなどと決して認めようとしないくせに。
ベッドに彼を押し込めるために、一体自分がどれほどの労力を使うのか。
というのは口に出せば面倒は目に見えているので内言に止めておくことにする。
が、
「………なんだ?」
「いいえ、何も?」
なまじ付き合いが長いだけに、言わずとも思ったことが読み取られてしまうのがいかんともしがたいところだ。
目を細めて眇めてこちらを見ていたシュミットだが、ふんと息を吐くと、それで切り替えることにしたらしい。
「時間がもったいない。行くぞ」
「はい」
せっかくの一日休み、二人で出かけることにした貴重な時間を、いつもの掛け合いで消費するのはもったいないという判断だろう。
掛け合いも、それはそれで楽しいのだから自分はどちらでもよいのだが、シュミットがそう決めたならそれでもいい。
エーリッヒにとっては、シュミットと共に過ごすこと自体が大事なのだ。
秋を通り抜けてそろそろ冬を迎えようという時期、歩き始めて感じるのは、日を追うごとに冷たくなる風の温度。
真昼の日も、天頂高くまでは昇りきらず、どこか弱々しい。
街を歩き通して、日が傾きかけた頃になってやっとひと息入れたカフェで、またくしゃみをひとつ。
シュミットが片眉を上げた。
「やっぱり風邪か?」
「いえ、でも日が落ちたら途端に冷えてきましたね」
「そうだな」
目の前には淹れたてのコーヒーが湯気を立てて薫りを漂わせている。
それをひと口飲んで暖を取ろうと手を伸ばす。
と、シュミットが向かい側の席から腰を上げた。
「?」
脱いで椅子の背にかけたコートと隣に置いた荷物はそのままに、机を回り込んで、
「シュミット?」
すとんと腰を下ろした先は、エーリッヒの隣。
四人がけのテーブルに案内されて、自然向かい合わせの位置に陣取っていたのだが、
「どうかしましたか?」
「寒いんだろう?」
「は? はあ、まあ」
「だったら、」
するりと、テーブルの上にあったエーリッヒの左手の中に、シュミットの細い指が滑り込んできた。
きゅうと軽く握りこまれて、驚いてカップの中身を零しそうになる。
慌ててソーサーに戻す挙手を見届けてからを見計らったのか、シュミットが、に、と笑った。
「お前が寒いのなら、」
「え?」
「温めてやるのが俺の役目だろう」
逆らえそうにない、おそらく一生逆らえないと自分自身でも分かり切った笑顔。
淹れたてのコーヒーよりもよほど自分を魅了してやまないそれに、エーリッヒは力を抜いて、左手を委ねた。
じわりと染み入るぬくもりを感じながら。
2011.11.23