走り出す
川原を歩けばトンボがたくさん飛んでいた。その姿に自分の過去を重ねあわしてしまって少し後悔と懐かしさを覚えた。あの頃の自分たちは自由だった。みんなで集まって自由に空を飛んでいた。そんな気がする。もちろん空を飛ぶというのは比喩だが。僅かな間だったが楽しかった。
昔というのは本当に昔のことである。室町時代。かつて忍者の卵として忍術学園に通っていた頃のことだ。所謂前世と言うやつである。信じるか信じないかは人それぞれだが、あまりにも鮮明な記憶を己の妄想だとは思えなかった。
探している人がいる。前世では忍術学園を卒業した後一度も会えなかった。一体どのように過ごしたのだろうか。風の噂ですら彼のことは何一つ伝えてくれなかった。ずっと、ひたすらに彼のことを想ってきたのに、彼のことは何一つ知ることなく己の生涯は終わった。彼にその想いを伝えることができぬままに。最期は多くの敵を道連れに、得意の焙烙火矢で自決した。その瞬間はとりわけ鮮明だった。死ぬことに恐れはなかった。ただ、彼のことがやけにはっきり頭に浮かんだ。
彼のことはきっと未練として残ったのだろう。それもとびっきり強く。だから覚えているのだ。
浮かんでは消えるこの記憶が前世のものだとはっきりわかったときから、ずっと彼を探している。それでも彼は見つからない。そもそも生まれているかどうかも分からない。もしかしたらこの時代に生まれていないかもしれない。それでも、彼を探すことが全てだった。
今日も今日とて街に出て彼を探すのだ。きっと彼はいると信じている。どこかで、生きていると信じている。
街に出てすれ違う人の顔を見ながら歩く。今日こそは、今日こそはと思いながら。今日がだめでも明日には、きっと見つけてみせる。
休憩でもしようと近くのコーヒーショップを目指して歩き出した。人の集まるところなら、もしかするとあるいは、そう思ってついつい寄ってしまう。
その時だった。太陽にかかっていた雲が流れて太陽が完全に姿を現した。強い光に思わず細めた目を開けた時、太陽より輝くものが見えた気がして走り出した。
今度は大切なものを見失わないように。