見えない服【臨帝】
臨也はいるものといらないものを自分の中で分けてみる。
無意識にいつもやっていることを意識的にするとどうなるのか、そんなことを思ったのだ。
「君はどっちになるだろう」
視線の先は待ち受け画面にしてある竜ヶ峰帝人の画像。
いるのかいらないのか分からない。
分かっている。知っていた。
(ほんとうに?)
いらない、いらないと心の中でいらないものを積み上げた。
その中に帝人を放り込もうとすると欲しい、見ていたい、触れていたいと心が騒ぐ。
自分の気持ちを疑ってかかって、嘘だと決めつけ動き出しては失敗する。
なんとも不恰好で情けなく惨め。
自分ではない自分。自分が知らない自分。
なかったことにしたいと思えばそれは「いらない」に区分されるのだ。
心は荒れていた。
矛盾したまま転がっていく。
制御を失い飲み込まれて行く。
それでも、荒れ狂っているにもかかわらず臨也は静かに気持ちを仕分けていく。
冷静な、客観的な一部分だけがゆっくりと無風の中で活動する。
片付け、綺麗に整頓すれば自分の心が伝わると勝手に願う。
連想するのは裸の王様。
素敵な服が作られるのを待っていた王様。
見えない服。虚飾に彩られた王様。
(帝人君はきっと空気を読まずに王様の裸を指摘する嫌な子供だ)
勝手にそう思ってから臨也の口元は緩む。
そんな話を二人でしたことがある。
思わず手に持っていた書類を落としてしまった。
『王様でも、それは……だって、裸なら裸だって言いますよ』
綺麗な心。
真っ直ぐで曲がらない精神。
吐き気がするほどの正論は社会では通じない。
どんな風に帝人が現実に打ちのめされるのかが楽しみだと臨也は思った。
続く言葉さえなければ。
『でも「王様は格好良いですね」って褒めるべきだと思います。子供は自分と違うものを笑いますけど、王様を笑っちゃいけませんよね。裸だったとしても王様なんだから、きっと裸の姿すら格好良いに決まってます』
一瞬、言葉の意味を計りかねた。
『何も着てないのに堂々と裸でパレードするなんて格好良いですよ。裸がわざとじゃなかったとしても僕が知ってる話ではそのままパレードを続けたらしいです。みんなに笑われても気にしてないかはともかく。最後までパレードを続けた王様は格好良いです』
嘲るでもない帝人の意見に教育の違いを見た。
裸の王様は見栄のはった愚かな王が詐欺師に騙されて恥をさらす物語だったはずだ。
こんな人間になってはいけない反面教師。
子供の無垢な意見は大切だという道徳。
『ジェネレーションギャップだ』
『年代関係なく個々の思想の違いじゃないですか?』
『愚か者を笑わないのは君もまた愚かだから?』
『……そうかもしれませんね』
別に発言を訂正したいとは思わなかったが臨也は過去の自分の言葉に付け足したくなった。
誰しもきっと愚かなのだ。
順番待ちをしているだけだ。
上手くすり抜けてやり過ごしているだけで愚かさから抜け切れない。
『自分の国の中でぐらい好きに振舞えばいいと思いますけど。その姿で舞踏会にでも出てしまったら失笑を買っても仕方がないですけど』
小さく付け加えられた言葉に臨也はまた集め直した書類を落とした。
優しくてドライ。
辛辣であたたか。
竜ヶ峰帝人はよく分からない。
分からないから見て触れて感じたい。
(欲を言えば……)
続く言葉は出て来ない。
片付けられた心のいる方に入っているのかいらない方に入っているのかどちらにしても分からない。
ただ臨也は重い衣装の方が裸よりはマシだと思った。
裸の王様には嘲笑を。賢い子供には称賛を。
(その後の顛末は真実を口にした子供の処刑だろ?)
見えない服は試金石。
王への中世を計る材料。
王が服を着ていると言うのなら裸であるはずがない。
(王様に逆らう者はいらないからさようなら)
誰もが言わないことを口にするのが正しいわけではない。
証明は犠牲を伴う。
(賢いだけじゃ全てを失う。そういうものだ)
物事は物語のようには進まない。
裸の王様の物語において一番着目すべきは口が上手いやつはそれだけで成功する。
詐欺師のための物語。
「俺にとって君はいるのか、いらないのか」
割り切れない気持ちを持て余して臨也は放り投げた。
荒れ狂う台風の中心が無風で安全など嘘だ。
物がどんどん落下して来て危ない。
「無駄な時間」
心に転がり落ちてくる帝人と過ごした日々の記憶や言葉を臨也は整理する。
いる、いらないで仕分けする。
苛立ちながらも整理すれば必要な言葉が心から転がり落ちると信じていた。
それは見えない服が出来上がるのを待つ王様と同じなのかもしれない。
徒労で不毛。けれど――。