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呼吸の仕方を忘れました【正帝】

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好きで好きで好きで好きで、好きで仕方がなかったと泣きながら帝人は訴えた。
誰にだろう。
ここには誰も居ない。
帝人は一人で布団の中でもがいているだけだ。
大丈夫だと手を握ってくれる誰か。
落ち着けと抱きしめてくれる誰か。
淋しさが加速して自分が怖かった。

ちっぽけで、どこにも行けなくて、何かになりたくてもがいて焦って一人になった。
一人で、一人で、ずっと一人。
退屈な世界に置き去りにされてただ一人の名前を叫び続ける日々。
依存していたわけじゃないという否定は追いつかない。
池袋という街に来ることを決めた日の高揚を帝人は忘れられずにいた。
あんなにもこの街がきらめいて見えたのは非日常に溢れていたからではない。
非日常に溢れていると教えてもらっていたからだ。
黒いコートの情報屋が哂うようにすぐに日常になるだろう日々。
ありふれた生活。輝かしい毎日。
何処にでもある会話だとしても彼の代わりは存在しない。
胸に空いた穴は意外な程に大きくて足元は覚束ない。
ゆらりゆらりと自分が消える。
怖かったのは知り合いがいないことではない。
悲しかったのは友人が消えたことではない。
好きで大切だった事実に気付かずに過ごしていた幸福な自分の過去に嫉妬した。
戻れない。戻らない。
だから、苦しくて胸が重くなる。
誰か助けてくれと叫びたくなる感情。
喉が引きつり、肺が縮こまる。

「か、……みか、……」

必死で呼び掛けてくれるその声が聞こえているのに遠くて痛みは増した。
悲しくて苦しくてコンクリートに詰められて海に沈められている気分になる。

「帝人ッ!!」

頬を思いっきり叩かれて目の前が赤く染まる。
目の血管が切れたのだろうか。
驚いている帝人の視界いっぱいに泣き出しそうな正臣の顔。
どうしたのかと問いかけようと口を開こうとしてひゅーひゅーと呼吸音。
しゃっくりが失敗した時の音。
何かを言わないといけない気がして帝人は大きく息を吸おうとして咳き込む。
身体が壊れたようだ。

「落ち着け、大丈夫だから」

背中をさすられながら何が大丈夫なのか帝人は理解出来ない。
喉は痛くて目も腫れぼったい。
どこも大丈夫ではない。

「俺が居るんだから大丈夫に決まってるだろ」

笑う正臣は疲れてはいないだろうか。
疲れているに決まっている。

「ごめん」
「何が?」
「ごめん」

掠れた声で謝る帝人に正臣は「俺を殴っていいぞ」と指を指してくる。

「メロスごっこ?」
「結婚式に行く気はなかったんだけどな。お前と杏里の結婚式には出たかったけど」
「僕も園原さんの正臣が結婚するなら結婚式に出たかったかな」
「仕方ないから俺と帝人の結婚式に杏里を呼ぼう」
「何が仕方ないんだか」

明るい正臣の声に帝人は溜め息を吐く。
肩の力が抜けた。
やっと普通に呼吸が出来るようになった。

「こんな……正臣のこと好きだなんて知らなかったんだよ」
「俺のこと殴っていいぞ」
「また……なに?」
「帝人がこうなった原因は俺で、立ち直りたいって思ってるのは分かってる……けど、それでも俺はそんなこと言われて嬉しい」
「重いよ」
「いいじゃないか、メロスとセリヌンティウスじゃなくて恋人同士なんだから。民衆からキャーキャー言われながらイチャイチャしていいだろ」
「どういう役回りなの、それ」
「狩沢さん的に言えばメロスとセリヌンティウスは怪しい関係ってヤツか? 友情は美しいが愛情はいやらしい。バイ紀田正臣」
「最低だよ」

帝人は正臣の頭を軽く叩いた。
手を置く程度の弱々しいものだったが正臣は大げさに倒れて見せる。

「やられた~」
「嘘吐け」

帝人はぺしぺしと正臣の頭を叩く。
さすがに怒ったのか手首を掴まれた。

「お返し」

手首を引き寄せられて倒れ混む先には正臣の顔。
触れ合う唇のやわらかさに戸惑う前に歯と歯がぶつかり合って泣けた。

「痛いよ」
「お互い様だ」

イタズラが成功した子供のような変わらない正臣の表情に思い悩んでいた全てが馬鹿馬鹿しくなる。

「呼吸の仕方を忘れたらいつでも俺が思い出させてやるよ。浜辺で女の子を口説くためにはライフセーバーの心得も大切だからな! 出来る男は違うのだよ」
「唇がじんじんする」
「何回でもしてやる、いつもまでも」

軽く触れ合った唇は今度は歯は当たらなかった。
自分の中にあった依存という名の弱さに帝人は溺れて呼吸の仕方を忘れていた。
息をせずに沈んでいれば辛さも感じない。
嘘だと思いながらも深みにハマったのなら抜け出せない。

「一人じゃないんだから」

気にするなと抱き寄せてくる腕が好きで好きで好きで好きで、好きで仕方がないと泣きながら帝人は訴えた。
ずるい気分だった。