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美味な砂

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 兄は食事という行為が、好きではなかったのだろう。
 俺が幼いころの兄さんは、凶暴で、上品で、うつくしいひとだった。派手すぎない装飾を嫌味のように着こなし、流れるような美しい動作でナイフとフォークを操って食事をする。広いくせに人の少ない広間で、大きなテーブルについて食事をした。兄さんから教えられたテーブルマナーを俺なりに一生懸命遵守し、拙い手さばきで食事をする俺を、兄さんは冷やかな目で見ていたと記憶している。
 兄さんは、うつくしく食事をするひとだった。滴るような肉を小さく切り分け、フォークの先にあるそれをぱくりと口の中に迎え入れる。必要最低限の動きだけで咀嚼し、嚥下する。たったそれだけの動作なのに、兄さんはひどくつまらなそうに、また、不機嫌そうに眉間に皺を寄せてその動作を繰り返していた。
 部屋の隅に控えるメイドたちはもう慣れたもので、数分に一度吐き出される兄の重苦しい溜息にも動じず、ただ無言で己の職務をまっとうしていた。その広間の中、幼い俺だけが居心地の悪い思いをしながら、兄さんと食事をとっていたのだ。
 小さく口を開き、その隙間に捻じ込むようにして食べ物を口に入れ、砂でも噛むかのように不快さを表面化させた顔で咀嚼する。喉が上下し、兄さんは目を細めてひどく嫌そうな顔をしてまた次の食べ物を口に運ぶのだ。
 幼かった俺が耐えるにはあまりに張りつめた空気のなかでの食事がようやく終了すると、控えていたメイドに短く命令を出してワインを運ばせていたと記憶している。真っ赤なワイン。神の血、それとも、兄さんの瞳だろうか。向こう側の見えない葡萄酒は、そのどちらにも思えた。
 薄いガラスでつくられたワイングラスに小さく口をつけ、傾けたグラスの中のワインをほとんど一気に飲んでしまう。味わうように舌に乗せるなどということを一切せず、ただワインという飲み物を、水分を摂取するだけにも思えるほどの乱暴さで飲み干してしまっていた。
 食事をしている間、広間に人の声がすることはない。また、食事が終わっても、兄さんがメイドに向けた命令を発する声が一度するだけで、それ以降はやはり人の声は絶えてしまう。そうして食事が終わると、兄さんは空になったワイングラスをテーブルに置いて、無言で席を立つのだ。
 カツカツとブーツの踵を鳴らして広間を出る兄の背を追い、俺も広間を後にする。大股で歩く兄さんに追い付くには、当時の俺は走るしかなかった。
「兄さん、兄さんっ!」
 我慢できず、ぴんと伸びた背に声をかけた。そうすると、何かを振り払おうとするかのように早足で歩いていた兄さんの姿が廊下の途中でぴたりと止まり、くるりと振り向いてくれる。その顔はもう、広間にいたときの冷たくて厳しい顔ではなく、強くて優しい、俺のことを愛してくれる兄さんの顔だった。
「ん、おいでヴェスト」
 その場にしゃがんで腕を広げてくれる兄さんに、短い脚を懸命に走らせて追いつき、その腕に飛び込んだ。抱きあげられた俺は、兄さんの胸元を彩る真っ白なフリルタイに顔をうずめる。フリルタイに頬をすり寄せると、俺の額に兄さんの唇が落ちてきた。僅かにワインの香りが漂う吐息の方を向くと、今度は唇に小さくキス。
「兄さん……」
「今日の食事は美味かったか?」
「あ、……うん、美味しかった。スープがとくにおいしかったんだが、ええと……」
「メイン、付け合わせのにんじんだろ? 好き嫌いはなくさねえと、立派な大人になれねえぞ」
 叱るわけではなく、ただ甘く額を小突かれる。
「た、食べたぞ! ちゃんと食べて、なにものこさなかった!」
「知ってるよ。偉いぞヴェスト」
 広間にいる間、兄さんはとても冷たい。声をかけることを許さないような雰囲気を全身にみなぎらせ、少しでも気に障る行動をとればその場で切り伏せられてしまいそうなほどに張りつめた空気をまとっていた。しかし食事が終了し、食事をするための広間から出た瞬間、兄さんは普段の優しい顔に戻る。俺を両腕で抱きしめ、あいしてるよ、たいせつだよ、と惜しみなく愛情を向けてくれる。
 理由は、分からない。おそらく、食事という行為が好きではなかったのだろうと俺には思えるのだが、今となっては兄は答えてくれない。そんなことあったか、ととぼけたふりをして、その話には触れようとしてこない。

 しかしいつからか、兄さんは食事を厭うことをしなくなった。どうやら甘いものが好きらしく、フランスの家にケーキを食べに行ったり、アイスを買ってきてはひとりで食べていたり、時には俺にホットケーキを焼けとせがんでくる始末だ。兄さんの言葉に逆らうという選択肢を生憎と持ち合わせていないため、俺はつい甘やかし、頷いてしまう。焼き立ての黄金色のホットケーキを差し出したときの、ダンケ、と笑う兄さんの顔に、弱いのだ。
「ヴェストも食おうぜー!」
 嬉しそうに、カナダからもらったのだというメイプルシロップのボトルを握りしめて、兄さんが俺を手招きする。はいはい、と勝手に浮かれてしまう声を何とか抑えようとしながらエプロンを外し、椅子の背にかける。手招きされるままに兄さんの傍に座り、ホットケーキの上に乗せたバニラアイスの更にその上からメイプルシロップが落とされていく様を見ていた。
 たっぷりと蜜を吸ったホットケーキを器用に切り分け、兄さんはそれを口に運ぶ。大きめに切られたホットケーキを、ぐわりと大きく開けた口に放り込む兄さんはどこか幼く、子供のようでとても可愛い。
 口いっぱいに放り込んだため、兄さんはもぐもぐといつまでも頬を動かして咀嚼している。ようやく嚥下したらしく、兄さんは幸せそうに「あー、うめえーっ!」と叫んでいた。幼い顔を見せてはしゃぐ兄が、いとしくてたまらない。
「おまえも食うだろ、ほら」
 やはり大きめに切り分けたホットケーキを、フォークの先に刺して俺に向けてくる。俺は兄さんが先程したように大きく口を開け、甘い香りをたっぷりと含んだホットケーキを咀嚼する。メイプルシロップの独特の甘さが口の中を駆け、ふんわりとした生地と絶妙なまでの相性の良さを見せられた。
「うまいだろ!」
 まるで自分の手柄のように自慢してくる兄さんに、「俺が焼いたのだがな」と無粋なことを言うのはやめておいた。俺が頷くと兄さんは嬉しそうに笑い、もうひとくち、と俺にホットケーキを差し出してくる。このひとは、自分が食べたいと言ったくせに俺にばかり食べさせようとする。俺のことを考え、俺のことを優先しようとする兄さんが、たまらなく好きだと再認識する。
 冷たくて、凶暴で、恐ろしくて、うつくしい兄さん。昔はぴんと張り詰めた空気をまとい、不快でたまらないという顔をしてものを食べていた兄さん。それが、俺の手で焼かれたホットケーキを食べて、こんなにも可愛く、嬉しそうに、幸せそうに笑う日がくるだなんて、当時の俺は考えもしなかった。
 昔の、つまらなそうに食事をする兄さんも冷酷なうつくしさを持っていたが、それよりも、今のこのあたたかな笑顔でホットケーキを頬張る兄さんの方が、俺はずっと好きだと感じた。

end.





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 ジャスト一時間!
 『食事をする兄さん』という私の萌えをぶちこんだだけです。
作品名:美味な砂 作家名:ひいらぎ