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朝が来るまでもう一度

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薄闇の中、ジャンは飛び起きた。鼓動が慌ただしい。全身に汗を掻いていて、安物のシーツでは到底防ぎきれない晩秋の夜気が殊更冷たく感じられる。ジャンは一度深呼吸すると、周囲を見回した。真夜中の男子宿舎。姿は視認できぬが皆深い眠りに落ちているようだ。寝息やら寝言やら鼾やらがあちこちで聞こえる。それらの重奏が苦情の合唱に変わらぬよう、ジャンは声は出さず、心の中で独りごちた。
(――なんて夢だ)
 夢の中の光景が脳裏を過る。心臓がうるさく騒ぎ始める。ああああああ、と思わず呻き声を溢して頭を抱えた。頬がどうしようもないほど熱い。
 夢にはある人物が現れた。よく……かどうかはさておき、少しは知っている人物であった。その人は共に訓練を受けている同期生である。黒髪。背はほとんど同じくらい。因みにその人の幼馴染みの少女はよく夢に現れる。幼馴染みの少女はその人のことが、――彼のことが、大層好きなようだ。
(いやだからってなんで俺があいつを夢になんか見るんだ! しかもなんであんなこと……)
「――ぅわっ」
 その時、小さな叫び声と共に衣擦れの音が聞こえた。反射的にそちらを向く。
 この暗がりの中ではどんなに見知った相手でも顔も識別できない。辛うじてシルエットが分かる程度だ。
 しかし闇と同化した髪の色くらいは分かる。
 彼はしばらく肩で息をしていたが、急にそれが止まったかと思うと、次の瞬間動揺も露わに体を大きく震わせた。そして勢いよく再び寝転がり、シーツを頭まで被った。恐らくこちらに背を向けて。
 ジャンは少しの間ぼうとしていた。それから、己もゆっくりと身をベッドに横たえた。同じように背を向けて。まだ夜は深い。きっと東へいくら目を凝らしても、太陽の眩いたてがみの端さえ見えないだろう。しかし朝になれば、また訓練がある。巨人と戦うため、あるいは人類の有意義な犠牲となるため、自分たちは心身を鍛えなければならない。それには休息をしっかりとることが必要だ。朝が来るまでにもう一度眠ろう。残酷な運命を待つ少年たちが詰め込まれた箱の中で、ジャンは目を瞑った。
 胸のざわめきを静めながら。
作品名:朝が来るまでもう一度 作家名:ひいらぎ