僕は、きみのためにこそ恋を知る
その僕が唯一群れるのを許したのは、あの子だけだ。
そんな気は全く無かったのに、気がついたらちょこんと僕の心の片隅に居座っていた。
あれは僕が中学を卒業するときだったろうか。
あの子はいつも僕を怖がってギャーなんて間抜けな悲鳴をあげるくせに、その時は僕に縋ってわんわん泣いていた。
「ヒバリさーん。もう会えないなんて悲しいですーっ」
鼻水とヨダレと涙で顔はぐちゃぐちゃ。
そんな格好で僕に抱きつかないでよ。学ランが汚れるだろ。
両手でぐぐぐ・・・と押し返して身体から離したんだけど、スッポンみたいにしつこく縋り付いて来る。
思わず顔面に蹴りをいれて(まぁ軽くだけど)ふっとばしたけれど、キョンシーみたいに起き上がってまた抱きついてきたのには戦慄を覚えた。
これはアレだ。なんとかしないと取り憑かれる。
自慢じゃないが僕は幽霊とかオバケとかは・・・正直苦手だ。
だって実体が無いんだよ?トンファーで殴っても効果が無くて、トイレの中とかからヌーッて出て来るんだよ?
「別に学校別れても会えるだろ。引っ越すわけでもないんだから」
「だってオレ、ヒバリさんの家知りませんーっ!今までみたいに学校で見かけることが出来なくなったら、どこで貴方を観賞したらいいんですかーっ」
観賞って・・・。僕は観葉植物か熱帯魚なのか。
「もう・・・・・・。わかったよ、たまになら君のところに顔だしてあげるから。」
ぴーぴー泣き続ける小動物の頭をぽんぽん撫でてやりながら、僕は不本意ながら妥協した。
「ほんとですかっ!?ヒバリさん・・・・・・嬉しいーっ!!」
涙でぐじゅぐじゅの顔をぱあっと輝かせて笑ったあの子を、可愛い・・・なんて思ってしまったのは、僕だけの秘密だ。
「ついでに携帯の番号とメルアドくださいっ!!」
「それは嫌。第一きみ、携帯持って無いでしょ。」
「あう~~~ヒバリさんのいぢわるっ」
絶対ヒバリさんと同じ高校に行きますねっ!!なんて力説していたあの子を、実はまったく信用していなかった。
だって、あの子のカラカラ鳴る軽い脳みそでは、どう考えても僕の高校は無理だ。
だから、同じ高校に入れたら、オレのお願い聞いてくれますか?なんていう理不尽な要求にもうっかり頷いてしまった。
当時の僕をトンファーで滅多打ちにしてやりたいよ、全く。
嘘みたいな話だが、あの子は本当に僕を追いかけて高校受験に受かってしまった。
「死ぬ気でがんばりました!!」
そういって笑うあの子に免じて、ため息をひとつつくだけで諦めた。
「それで?きみのお願いってなんなの?」
約束してしまったことはしょうがない。なるべくなら簡単なことがいいんだけど。
僕は嘘をつくのは嫌いだからね。
「あのう・・・。ヒバリさんって、つ、付き合ってる人、いますか?」
「付き合うって?なにそれ。」
「えーと、だから、その、お付き合いしてる人です、恋愛的に。」
「レンアイ・・・。きみ、そんなの僕にいると思ってるの?」
群れ嫌いの僕が群れをつくるなんて、本気で思っているんだろうか。この子は。
「い・・・いえ、その、ひょっとしたらと思いまして・・・」
えへへ・・・と何故か嬉しそうに笑うあの子の頭を軽くぶん殴ってやる。
「訳の分からない話してないで、さっさと願いをいいなよ」
「あのですね・・・その・・・」
痛む頭を押さえながら、あの子はもじもじと顔を赤らめて僕のほうをちらちらと見た。
ちょっと、その上目遣い止めなよ。なんだか妙な気持ちになるじゃないか。
「ヒバリさんっ!オ、オ、オレと付き合ってください!!」
「やだ。」
即答したら、あの子はみるみるうちにぺしょんとしおれてしまった。
草花じゃあるまいし・・・と思うのだが、その様子はそうとしか言いようが無い。
「だってそれって、レンアイ的な意味でのお付き合いなんでしょ?」
こくこくこく、と何度もあの子はうなずいた。
そうか、この子、僕のことが好きなのか。
僕はちっともこの子のことなんか好きじゃないけど―――うん。悪い気はしないな。
「僕、きみのことはレンアイ的には好きじゃないな。だからやだ」
途端に無駄に大きな琥珀色の瞳にうるっと涙がたまる。
「そ・・・そんなぁ、ヒバリさぁん・・・」
ぴるぴる震えたかと思うと、あの子はガバっと僕の腰に抱きついてきた。
しまった、これじゃ卒業式のときの二の舞だ。
・・・もうやだ、この子こうなったらしつこいんだよ。
ぐすぐす泣きながら腰にぐいぐい顔を押し付けてくるのを、必死になって両手で突っ張って引きはがす。
―――なんか妙にヤラシイ格好だから、お願いだから離れてよ!!
「うっ・・・うっ・・・オレ、死ぬ気で、がんばって、ヒバリさんと、やくそく、楽しみに・・・・・・お願いですから付き合ってください~~!!」
何も今すぐ好きになれとか言ってません!お試しでいいんです~!
と、コアラみたいに縋り付いて来る小動物に、ああ・・・またこのパターンかと僕は天を仰いだ。
「~~~~~。わかったよ!や、約束だし、希望通り付き合ってあげる!・・・でもレンアイ的な意味じゃないからねっ!!」
結局押し切られる形で『お試しでお付き合い』を承諾してしまった。
あの子は零れ落ちそうな大きな瞳で僕を見上げて、花がほころぶように―――本当に嬉しそうに笑ったんだ。
僕は群れるのが確かにキライだ。それは間違いない。
・・・まぁ、でも、この子のこんな表情を間近で見れるなら、ちょっぴり妥協するのも悪くない・・・かもね。
終
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がんばるツナと、素直じゃないけど甘いヒバリさん。
いつかちゃんと恋愛的な意味でお付き合いさせてあげたい。
最初つけていた題名は『キョンシーにとり憑かれた』(←あまりにもヒドス・・・)
とにかく題名を付けるの、苦手なんです・・・。
作品名:僕は、きみのためにこそ恋を知る 作家名:紫苑 琉斗