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大人の予想する大人の事情

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「あぶと、風の噂で聞いたんだけどさ!」

書類に向かっていると満面の笑顔で、上司があぶとの背中に飛びついた。
こういうときにいいことがあったためしはない。今まで一度もだ。

「地球でみんなが順位をかけて戦ってるらしいよ?行っていーい?」

行っていーい?

まるで、だめと言える権限を持ってるかのような言い方だが、上司はあくまでこのピンク頭のほうである。
実力行使ももちろんままならない。(なったらよかったと思ったことは数限りなくある)
「だめ」のひとことに自分の命をかける気にはあぶとはなれなかった。
あぶとはためいきとともにピンク頭を引き剥がし、水に手を伸ばした。

「はいはい、おともしましょうとも。・・・で、どこでやってるんですかねぇそのトンチキな騒ぎは」
「ラブホテル」

あぶとは飲んでいた水を噴いた。

「どうしたの?あぶと」

知ってか知らずか、上司は笑顔のままである。
上司は、常識を無視することも多いが、一方で少し常識を知らない面もあった。
ラブホテルが何をするところなのかこのピンク頭は知っているのか。
あぶとは少し考える。
知らない確率も高いと踏んだ。

「ちょっと、それ違うんじゃないのかねぇ?あんたの思ってる戦いとは」
「何が違うのさ!やるかやられるか、男と女で戦ってるらしいよ!!」

男と女で!
ラブホテルで!
歴戦の夜兎、あぶとの頭といえどこの状況をどうやってあきらめさせればいいのかパニック状態になった。
しかし行かせるわけにはいかない。

「ねえねえあぶともいこうよー。順位も上がるみたいだし春雨の人気あげよう」
「おいおい…ちょっとそれはやっぱり違う戦いだろうよ」
「ちがうってどんな」
「…こんな」

不意をついて上司のピンク頭を押し倒す。
今日の上司は機嫌がいい。機嫌が悪かったら自分は間違いなく殺されている。
自分はずいぶん、運がいい。
きょとんとした表情は、まだ何もわかっていない顔だ。
仕方ないのでそのまま口づける。

「あぶ…と?」

自分からはめったにしないこんな行為に上司はまだきょとんとしていた。

「ラブホテルってなぁこういうことをするところですよ」
「みんな…こういうことしてるの?」
「男と女ですからねぇ、普通はそうでしょうよ」
「…なぁんだ、戦いじゃないんだ」

上司は軽い舌打ちをして、ひょっこりと立ち上がった。

「つまんなーい」
「へぇへぇ。残念でしたね。じゃ、俺は仕事に戻りま…」
「俺、あぶとと以外はしたくないからいいや」

じゃあね。

と言われるまでの殺し文句にオジサンの心臓は、一瞬もって行かれそうになった。
作品名:大人の予想する大人の事情 作家名:裏壱