策士策におぼれる
「阿門様は、皆守にほんっと甘すぎるわ」
きりきりとまなじりをつりあげ、双樹咲重は言った。その目線の先には、ぬくぬくとコタツに埋まり、あごを天板に乗せている皆守の姿がある。
「……妬くな」
にやりと笑い、視線だけを双樹に送る。ぎり、と、双樹は歯をくいしばった。
会長の鶴の一声で、応接セットは会長宅の倉庫に収まった。もともと会長宅の私物なのだから、特におかしなことではない。ついでに不気味な武者鎧をも片づけた神鳳の手腕は、夷澤と双樹に拍手喝采された。それはいい。それだけは、いい。だが。
代わりに設置されたコタツには、副会長がセットでついていた。
阿門がおそるおそるといった風情で、すすめられるままに座り、みかんをむいていたのは、とてもとても微笑ましい光景だった。結構いいだろうと尋ねる皆守の表情(かお)すらも可愛らしく見えたものだ。それが唯一、コタツを設置した後、得られた利益だった。それ以外は、何一つ役に立たなかった。
当初こそ、仕事をしなくとも、副会長がここにいるだけマシと夷澤は考えていたようだ。そこにいれば、はいいいえくらいの意思表示はするだろう。副会長のサインをもらうために、学校中をかけまわる必要はなくなる。もしかしたら、ファイリングの一つも手伝ってくれるかもしれない。そう考えたらしく、コタツの準備に関しては、当初の提案通り私物も提供したし、比較的機嫌よく動いていた。だが、それはあまりに甘い推測だと知るのに、三日と必要としなかった。
神鳳の言葉は全面的に正しかった。いや、正しいどころではない。それ以上だった。――もっとも神鳳も、会長が現れなければここまで解説していたかもしれない。
他人が仕事をしているのを後目に寝ている。起こしても起きない。周りが散らかる。巣ができる。
いるだけで邪魔。そんな存在があったものかと。
「神鳳さん」
完全に夷澤の目つきはすわっていた。こめかみには、阿門帝等もかくやといった青筋がういている。
「コタツを撤去しましょう」
岩をこすりあわせるような声に、皆守の呑気な笑い声が重なる。どうやら、どこかから仕入れてきた週刊少年マンガ誌を眺めているらしい。
ぶつり、と。神鳳は確かにその音を聞いた。
勢いよく夷澤が振り返り、皆守に詰めよる。双樹はすでに匂い袋を構えていた。それらの姿をみながら、数分後に計上されるであろう被害総額を予測する。
もう誰にも止められない。
とりあえず、表計算ソフトを使って行っていた現作業を保存し、ノートパソコンを閉じることにした。
fin.