ゆめまぼろし
ティナの柔らかい髪に、フリオニールの指がさくりと差し入れられる。幾つもの武器を扱う器用な指だが、ティナに触れるのはまた異なるらしい。こうして熱を分け合うのは初めてではないのに、ティナの髪を梳くフリオニールの手つきは少しまだぎこちない。
フリオニールの肩口に顔をうずめるような形になっているため、彼の表情は見えない。けれども、きっと今の自分と同じように微笑んでいるような気がした。
さくり。さくり。触れる指先から、フリオニールの真情が流れ込んでくる。交わされる言葉は無いけれども、偽りの無い心が伝わってくるような気がした。同じように伝わればいいと思いながら、お返しのように、フリオニールの肌をゆっくりとなぞる。
そこには、幾つもの戦を潜り抜けた証とも言えるのだろう、古い傷跡が残されていた。
「……傷跡、いっぱいあるだろ。気持ち悪くないか?」
「ううん、そんなことない。……その時、わたしが居たらよかったのに」
自分でも恐れる、自分の中に眠る力。制御できないほどの力は、けれどもただの『力』に過ぎない。むやみに怯えて振り回せば周囲を傷つけるが、傷跡など残すことなく癒すことだってできる。それを教えてくれたのは、フリオニールだ。
文字通り、生きてきた『世界』が違うのだから、フリオニールの過去にティナが存在することなどありえない。だがフリオニールは、ティナの呟きを夢想だと笑い飛ばしはしなかった。
「……いいな、それ」
それぞれ違う『世界』から集った戦士たち。口には出さないけれども、戦いが終われば元の世界に戻るのだろうという予感は、二人ともに漠然と抱いている。
もしも、同じ『世界』で出会えていたなら。もしも、もっと幼い頃から出会えていたのなら。
もちろん、今と異なる軌跡を描いたなら、今と同じ関係にはなれなかったかもしれない。それでも、いつか必ず訪れるであろう別れに、怯えることもなくなるのだ。
「……もっと早くに出会えててさ。それこそ……そう、子供の頃からとか。そうしたら、ティナの小さい頃、見れたんだな」
ちゅ、と軽く髪にくちづけられる。柔らかく降り注がれる声には、欲だけではない、もっと切実な熱を孕んでいた。
「ティナはすごく可愛いから、ライバルも多くて大変かもしれないけど。でも、ティナの一番傍でティナを守ることは、オレも譲らないし」
当たり前のように幼いころからともに育ち、生きていくことができたのなら。同じ夢を見て、同じ時を重ねていけたなら。
つないだ手を離さずにいられたなら、どれほどしあわせだっただろう。
「……そうね。わたしも、フリオニールの小さかった頃の姿、見たかったわ」
過去を変えることはできず、未来を紡ぐこともできない。どれほど血を吐くほどに熱望しても、何も得ることはできないのだ。
それでも、想うことだけはできると、そう信じたかった。