「はじまりの福音」サイドストーリー 【8月ペーパー】
今このときほど、痛感したことはなかった。
『貴方が好きなんです!』
最初は、聞き間違えたのかと思った。
昨日、バーナビ―の家で呑んでいたとき、ふいに思い出して彼に問いかけたこと。
『今度、楓が来るんだ』
楓が、バーナビ―のファンだということは知っていた。
だからこそ、予定が会えばどうにかしてバーナビ―に会わせてやりたいと。
もちろん、バーナビ―だって彼自身の予定があるから、絶対できるとは思っていない。
もしお願いしてみて、叶えばいいだろうな。
その程度のお願いごとだったはず、だったのだが…。
どうやら彼は、虎徹の言葉を何故か違うように捉えていたらしい。
そして、こんな熱烈な愛の告白なんてことをしてきた。
何かが違う、と察したのは自分だけではなかったらしい。
あ…、と一瞬言葉を失ったバーナビ―の顔色がみるみる内に青くなってゆく。
『ち、違うんです!』
なにが。
なにが違うっていうんだ?
『僕は、その、間違って』
『何を間違ったんだ?』
分かっていながら、わざと聞いてやる。
彼の顔はますます青ざめ、視線が宙をさまよっている。
そんな様子を見ながら、なぜか心には安堵感があった。
――そうか。
最近、元気がないように思っていた。
何か考えているようで、でも虎徹を見る度に何か言いたげな様子を見せていたバーナビ―。
その原因が、このことだったとしたら。
彼が悩む理由などどこにもない。
『友情と、間違えているんじゃないか』
『ちがいます!』
そうやって、確認せずにはいられないのは、
生きてきた年月のせいだと思いたい。
確実にしないと、その先に進めないほど多くの経験をしたのだと。
孤独がつらい、と知っている。
人が、恋しいと無性に思う瞬間だってある。
それが刹那の想いだとしても、それでいいとさえ思える時が。
『貴方は誰に対しても優しすぎるんですよ!』
別に、誰にでも優しい訳ではない。
出会って、少しずつ惹かれていったのは、きっと虎徹の方が早かったにちがいない。
(お前がその気なら)
受け入れる準備など、とっくの昔にできている。
しっかりしているように振る舞って、その実、透き通るほど薄いガラスでできているような彼の心が。
その想いの丈をぶつけてきてくれているのだから。
『相棒にそれ以上の感情を持ってたのは、お前だけじゃなかったってことだ』
バーナビ―の表情が、驚きに変わる。
まだ。
まだ、もうちょっと、待ってくれ。
俺はお前ほど、自分の気持ちに正直になれない。
気持ちに身体が追いつかないのは、きっと年のせいじゃないと思いたい。
戸惑う表情を間近で見つめながら、
その距離を詰めてゆく。
心から溢れる想いは、ただ彼が愛おしいという気持ちだけだった。
作品名:「はじまりの福音」サイドストーリー 【8月ペーパー】 作家名:夏唯一