隣で眠る君が幸せでありますように
そう言っておかんが侑士の寝床を用意したのは俺の部屋だった。
いつも侑士が泊まりに来た時は同じ部屋で寝ているが、それは小さい時の話で、侑士と恋人同士となっている今、ベットの隣に布団が敷いてあるのを見ると落ち着かなくなった。
侑士はというと、何も気にした風もないまま用意された布団に寝転がる。
そしてドアの所に突っ立ったまま動かない俺を不思議そうに見た。
「謙也?なんでそんな所でずっと立ってんの?」
「べ、別になんでもないっ・・・!」
俺はドアを閉めてそそくさと自分のベットに上がる。
「もう寝るやろ?電気消すわ。」
恥ずかしがっている自分を誤魔化すように侑士の返事を待たぬまま電気を消した。
部屋を暗くし、ベットに寝転がっても隣の侑士の存在が気になってなかなか睡魔は訪れてこなかった。
それに比べて侑士はずっと静かでもう眠ったのかもしれないと思っていると不意に声をかけられた。
「謙也、もう寝とる?」
「・・・起きてる。」
返事をしようか一瞬迷ったが、そう答えて侑士の方を向いた。
顔が赤くなってはいたが、部屋を暗くしているから見えないだろう。
「こうやって寝るんはほんまに久しぶりやな。」
侑士の顔ははっきりと見えなかったがその声だけで嬉しそうに微笑んでいる侑士の様子が伝わった気がした。
「まだ俺らが小さかった時こうやって泊まりに来るといっつも枕投げやらプロレスごっことかやっとったな。」
「そうやな。一回枕投げしとった時に丁度侑士の姉ちゃん部屋に入ってきて顔面に枕ぶつめた時もあったしな。」
「そうそう、女なら涙の一つ流したってええのに泣く素振り見せんとめちゃくちゃ怒り狂っとったな。」
「ほんまあん時は怖かったわ。」
懐かしい話を思い出してお互いに声に出して笑う。
「でも、もう枕投げする年ちゃうんやなぁ。」
侑士は少しだけ寂しそうに言った。
俺も侑士も今年は受験生だ。あまり遊んでもいられない。
「でも時々はテニスとかすればええやん。俺でええならいくらでも相手してやるし。」
「アホやな。俺は東京にいるんやからそう簡単に会えんちゅうに。」
「あ、そうやった。」
こうやって側にいると昔に戻ったようで侑士が今は東京にいるのを忘れてしまう。
少しだけ落ち込んでいると、ちょいちょいと布団を引っ張られる。
「謙也、ここ来て。」
侑士は自分の布団を持ち上げ隣を指差す。
俺はどうしていいものか戸惑ったものの、侑士の言うとおり隣へと寝転がった。
しかし顔を侑士の方に向けるのは恥ずかしかったため背中を向けた。
俺が隣に来ると、侑士は持ち上げていた布団を俺に掛けて、俺の背中から抱きついた。
「ゆ、侑士!」
「こうやってくっつかな2人共布団から出てまうやん。」
だったら戻る、という言葉は背中から伝わる体温の心地よさで飲み込んだ。
どうしたものか、と戸惑っていると、耳元で侑士が微笑んだ。
「謙也、めっちゃ固まっとる。」
「あ、当たり前や!こんなん恥ずかしいやろ!」
そう抗議すると、侑士はより一層可笑しそうに笑った。
「謙也は昔からなんも変わっとらんな。」
「それはお前もやろ。」
変わってないというのはほめ言葉になるかどうか分からないが侑士が喜んでいるのがなんとなく伝わった。
「なら俺は謙也にまだ惚れられたままっちゅうことやな。」
「な、なんでそうなるんや!?」
「よう考えてみ。東京行く前に俺が告って謙也ははいって答えたやろ?んでその頃と変わってないってことはまだ謙也は俺のこと好きってことになるやん。」
間違いはないが、そうやって自信満々に言う侑士に一泡吹かせてやろうと、俺は侑士の方へ寝返りを打った。
「そう言うお前はどうなんや?俺のこと好きなん?」
「好きやで。」
恥ずかしがる素振りも見せず、真面目な顔で即答した侑士にこっちが逆に恥ずかしくなってしまう。
「せやから不安なんや。俺がいない間に謙也は俺のこと嫌いになっとるかもしれんて、やからこうやって謙也の所に来るんやろ。」
そう言って俺の前髪に唇を潜り込ませた侑士は本当に不安そうだった。
「時々、謙也が俺以外の人と歩いとる夢を見るとそれからしばらくはゆっくり寝られん。」
俺はそんな侑士の不安を少しでも消したくて、そっと侑士の背中に腕を回した。
「俺が侑士のこと嫌いになるわけないやん。」
侑士は唇を離し、そっと俺を窺う。
「そ、それにきっと夢の中で俺と一緒に歩いとるのは友達や!せやからあんまり気にせんと安心して寝てええで。」
そう言った俺に侑士はクスと笑った。
「友達、な。」
「な、なんか文句あるんか?」
「いや・・・」
侑士は俺をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとな謙也。おかげでよう寝れそうや。」
そう言った侑士は言葉の通り少し眠そうだった。
「春休みになったら今度は俺が侑士に会いに行くわ。」
「そうか、ほんなら楽しみにしとるわ。」
侑士はそう言ったきり静かになった。
耳をすませると、微かに規則的な呼吸が聞こえた。
どうやら本当眠ってしまったようだ。
いつも自信満々でなんでもそつなくこなす侑士でもここまで不安に思うことがあるのだな、と思うのと同時に侑士を不安にさせているのが自分であるのに少しくすぐったい気持ちになった。
付き合い始めたのは侑士が東京に行く前のこととはいえ、恋人になってから一緒にいる時間はとても短かったためこんな気持ちになるのは初めてだった。
俺は侑士が眠っているのを十分に確認してから小さい声で呟く。
「俺も侑士が好きやで。」
侑士に届かなくてもこの一言で安心して眠れればいい、と一人で顔を真っ赤にしながら俺は心の中でそう思った。
作品名:隣で眠る君が幸せでありますように 作家名:にょにょ