とある日、露西亜寿司でのこと。【静帝】
とある日、露西亜寿司でのこと。
「トムさん、すんません」
「いいって、気にすんな」
肩を落とす静雄と慰めるトム。
それを狩沢は遊馬崎と一緒に見ていた。
門田と渡草と店内で待ち合わせていたのだ。
「俺、ゲイかもしれません」
静雄の爆弾発言に狩沢はお茶をぶちまけて遊馬崎の背中を叩く。
聞いていなかったのか遊馬崎は「どうしたんすか」とお茶をふく。
「自覚キタコレ。これから折原臨也を呼び出してゴールインするんじゃない?」
「何の話っすか」
含み笑いで静雄とトムを見つめて狩沢はふと気付く。
「もしかして……すでに今が告白タイム? 駄目よ、ゆまっち邪魔しちゃ」
自覚した足で新宿に行くのかと思いきや目当ては目の前の上司。
「知らなかったわ。イザイザとシズちゃんは年上好きだったなんて……」
「何の話っすか、本当」
「私たちは世紀の瞬間に立ち会ってるのよ。きっと平和島静雄の今後は今日に決定するわ!」
「何を聞いたっていうです」
「今までのシズちゃんのイザイザへの攻撃は愛する上司を守るために苛烈だったんのよ」
「普通に性格合わないからっすよ、あの二人は」
「しぃー」
狩沢と遊馬崎は小さくなっている静雄と元気づけているトムを見つめる。
「気にすんなって。無理に勧めて悪かったな。いいんだって」
「俺……」
「お前は男が好きなのか? 違うだろ」
「そうっすね、途中までは何とかいけると思ったんすけど」
うなだれる静雄、トムは気にしないと笑う。
「これは……失敗したのね」
「何がっすか? 何を読み取ったんですか。狩沢さんは多分勘違いしてるっす」
狩沢は二人の会話を盗み聞く。
「そういう気分じゃない時に好みの子がいなきゃあ……ま、そんなもんだ」
「そうなんすかねえ」
「良い相手はそのうち、ポッと現れるべ」
飲め飲めとトムに言われて静雄は梅酒を飲んだ。
「ちょっと分からないわね。ショタの踊り食いでもしたの?」
「多分、根本的に間違ってますよ……狩沢さん」
首を傾げてる狩沢に「門田さん遅いっすね」と遊馬崎は時計を見る。
約束の時間をちょっと過ぎている。
噂をすればなのかちょうど門田が入ってきた。
「遅れた、わりーな。……ここに居たのか」
後半は静雄を見て口にした。
梅を口に入れている静雄は門田に視線だけ向ける。
「ちょっと静雄を探してて遅くなったんだ」
「こいつになんか用か?」
静雄の代わりにトムが答える。
「用があるのは俺じゃねえ」
「お食事中すみません」
門田の後ろから小柄な影。帝人が静雄の方へ歩いていく。
猛獣に子ウサギが近寄っていくような危うさ。
静雄がキレるのを警戒したのか一瞬トムは門田へ視線を向ける。
「あの、公園の水道のところに置き忘れてました」
サングラスを静雄に手渡すと帝人はそのまま帰ろうとする。
「わざわざ探してくれたのか。悪いな……食ってくか? 驕るぞ」
社交的な静雄にトムは驚くが帝人が「いいんですか」と乗って来たことにもっと驚いた。
大丈夫なのかと思いながらも静雄の隣に腰をおろした帝人にトムは帰れとも言えない。
静雄がキレないことを祈るばかりだ。
「静雄さんはお酒飲まれるんですね」
酒と言っても梅酒だったがアルコールと言うだけで帝人には大人な気がした。
ほのかに静雄の頬が赤みを帯びていたので飲んだのがテーブルにある一本だと思っていない。
「お前、俺に抱かれないか?」
今度はお茶をこぼしたのは門田だった。
帝人を連れてきた手前、何かないように耳を澄ませていたのだ。
「静雄、酔ってんのか? そりゃあ、ヤベーべ」
「わかってるっす、トムさん! 未成年に手を出すのは犯罪です」
頭を抱える静雄に聞こえていたほとんどの人間が「分かってない」と内心でツッコミを入れた。
あの平和島静雄に直接言える奴はいない。
「静雄さんの力でそんなことされたら僕が死んじゃうからダメですよ」
「そっか」
「ちょっと興味はありますが」
「マジか!」
「おい、坊主……適当なことを」
「トムさんは黙っててください」
帝人の肩に手を置こうとする静雄より先に門田が帝人を引っ張った。
「喧嘩なら外でやりな」
板前のデニスが静雄が立ち上がった瞬間に口にする。
喧嘩をする気はなかったので座り直して残っていた梅酒を飲み干す。
新しく梅酒が出てきた。
「静雄、冷静になれ。いや、お前は冷静かもしれない。だが、よく見ろアイツは男だ」
静雄をトムに任せて門田は帝人を見る。
どういうつもりなのか問いただそうとしたら帝人は目をキラキラさせた狩沢に抱きつかれていた。
「みかプー!! これが生BLよ」
「はあ……?」
「今の相関図をまとめるとドレッド田中さんがシズちゃんと上手くいかないからシズちゃんはみかプーに手を出してドタチンはみかプーをシズちゃんから守っててゆまっちはそんなドタチンのことが好きなの」
「なんで、俺を勝手に組み込んでるんすか?!」
「渡草っちは駐車場?」
「狩沢さん、板前さんがぬけてるっす」
「しゅらばしゅらば~って、みかプーはシズちゃん好きなの?」
「え、まぁ……憧れてはいますけど?」
「お前、その程度の気持ちで……。説教とか柄じゃねえが、いいか? 道を踏み外すと一瞬で」
「え、えっと、断りましたよね? 抱き枕の誘い」
空気がぴしりと固まる。
「……なんだって?」
「僕ぐらいの身長は抱き枕にちょうどいいって話じゃないんですか。池袋では人を枕にするって」
「「どこじょ」」「そうよ、みかプー」
遊馬崎と門田の言葉を遮り即座に反応する狩沢。
「シズちゃんがあと何杯か飲み終わったら『優しくしてください』って抱きつくの、いいわね?」
「分かりました! むしろ僕が静雄さんを枕にする感じですね」
拳を握りしめる帝人に門田は首を振るが聞いてはいない。
遊馬崎は狩沢のテンションの高さに止めることは出来ないと諦めていた。
一方、静雄はトムを困らせていた。
「ダメっす。俺はダメだったんすよ」
「だからって、お前」
「あいつならいけそうな気がします」
「……そんなに言うなら試しても。あ、アレだ無理やりしないで手とかだけに」
「皆に聞こえるところで下ネタは止めろ」
板前に怒られて頭を下げながらトムは目が据わった状態の爆弾でしかない静雄をなだめることを諦めた。
女慣れしていない静雄に風俗を勧めるなどというお節介など焼かなければよかった。
作品名:とある日、露西亜寿司でのこと。【静帝】 作家名:浬@