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van der Waals adsorption

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van der Waals adsorption



テレビ画面から今年最大の寒気の到来が流れてくる。
寒いことこの上ない言葉を、さらりと気象予報士が口にするのがとても非日常的だと一ノ瀬トキヤは思った。

---今年のクリスマス付近は、三連休ですね。

何気ない相の手担当のキャスターの言葉が耳の奥に飛び込んでくる。
その宗教が中心になっていない国で、意味も分からず浮かれるのはどうかと日ごろから思っているが、自分たちもその”ビジネス”の恩恵は受けている。

三か月前に、クリスマスソングを収録した。
提案は、トキヤ自身だった。
その季節にしか聞かない楽曲、と言うのもオツだと思っていたし、何よりも「まだ未熟なうちにどれだけの表現が出来るか」を試したかった。

「楽しそうですね、頑張ります」

と誰よりも愛おしい作曲家・七海春歌は天使のほほえみを浮かべながら快諾してくれた。

事務所のフットワークは軽い。
スケジュール調整から、スタジオ、演奏者の手配。
諸々はあっという間に決まって行った。
トキヤ自身も、今回は作詞先行と言う事だったので早めに書きあげる努力を惜しまなかった。
締めきりよりも三日早く渡された作曲家は、吃驚した表情で受け取り、読みながら少し涙ぐんでいた。
気に入らなかったのか、とトキヤが問うと「感動してしまって」と小さな震えた声で返答を返してきた。
自身の文章力、表現力はまだまだだと思うが、届けたい人に届いた事がトキヤにとっては何よりも嬉しい。

数日後、収録前の最後の作詞と作曲の詰めの作業を二人でしていた時。
春歌が部屋のカレンダーを見つけぽつんと言ったのだ。

「あ、今年のクリスマス近くって三連休なんですね」

自分達にはカレンダーの赤い色黒い色は全く関係ないのだが、一般人の感覚を強く持っている春歌からするとやはり「カレンダーの赤=お休み」なのだろう。

「すみません、私は三日とも終日仕事です」

トキヤはつい自分のスケジュールを聞かれてもいないのに応えてしまう。
すると春歌は手と首を横に強く振りながら、「謝らないでください、お仕事があるのは良い事ですから!」と必死に伝え来る。
話題を変えようと、春歌はそれから楽譜と歌詞の書かれた紙にチェックを入れながら、先程話していたトーンより二つほど高く、そして勢いをつけて喋りだした。


「お疲れ様でした~」
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました、お疲れ様でした!」

12月25日、クリスマス。
日付が変わった24時からスタートした2時間の生放送が終了した。

即控室へ移動し、次の現場への準備を整える。
ノックが聞こえた。

「トキヤ~、いい?」

先程まで生放送に一緒に出演していた同じ事務所の同期・一十木音也の声だった。
どうぞ、と短く返事をして迎え入れる。
お邪魔しま~す、と生放送の疲れも見せる事なく音也は元気に控室に入ってきた。

今回は何故か二人の控室がバラバラだった。
通常は同じ事務所且つ同期は一緒の控室になるのだが。
どうやら丁度良い大きさの控室は別の番組出演者が利用しているらしく、二人では手狭になってしまうが一人では大きい…と言う微妙な大きさの控室を利用せざるを得なかった。

「あれ?もう移動準備?」
「ええ、貴方も同じ現場でしょう。早く用意して下さい」
「はーい、あっ、そういえば、メールチェックした?」
「メール?」
「うん、メール!七海からの!!」

片付けながら、鞄の中の携帯を取り出し音也に見えないように画面を確認する。
メールが12件到着していた。
開くと、仕事関連や予約していた美容院からの連絡等の中に、放送が始まったと同時に来ていたメールを発見する。

---七海春歌。

胸の奥がドキンと大きな音を立てる。
ボタンを押して内容を確認することにした。

<お疲れ様です、七海です。トモちゃんと一緒にケーキを作りました。事務所に寄った時は是非食べて下さい。>

その短い文章と一緒に、少し不格好なブッシュ・ド・ノエルが撮影された写真が添付されていた。

「七海からのケーキだって!」
「渋谷さんも、です」
「あー、そうだったそうだった!それ言わないと怒られるよねー」

くすくす笑いながら音也はトキヤの画面を覗き込む。

「ちょっ、他人の携帯を覗き見るのはマナー違反ですよ!」
「えー?だって同じ内容が来てるんだよ?良いじゃん別にー」
「駄目です。百歩譲って私が良かったとしても、それを他人にやったら怒られますよ」
「トキヤはいいんだ、じゃぁ…」
「で、ですから駄目です!」
「えー!何でー?ケチケチー」
「貴方の携帯で見ればいいでしょう?」
「あ、そうか、そうだった!」

音也は自分の控室に慌てて移動して行った。
騒がしい同期が出て行った後、静かに携帯の画面を再度眺める。

(全く…貴方は本当に気を遣い過ぎです…)

皆宛てのケーキを眺めながら、トキヤは心配そうに呟く。
すると突然携帯が鳴った。
一瞬大きく揺れる携帯を落としそうになり、慌てて必死に手で押さえる。
10秒後に静かになった。

誰からだろうと、画面を再度確認する。

---七海春歌。

二通目だった。
何かあったのか?と不安がよぎる。
別段何がある訳でもないが、彼女を思っている時にやってくる連絡と言うものは何となく心配を増大させるのだ。
緊張しながら、メールを開く。

<今、空の下にいます。窓の外、見られますか?雪が綺麗です。>

長いスペースが続いている。
バーを下ろしていく。
何も書かれていない時間が過ぎて行く。
やっと辿り着いた。

<雪が綺麗です。>
<トキヤさんの新しい曲を聴いていると、雪の綺麗さがさらに際立ちます。>

空に向けて撮られた降ってくる雪の姿。
上手く撮影されている訳ではないが、降ってくる様子は伝わる。
どうやら、昨日出したクリスマス専用のCDを聴きながら外にいるらしい。
ヘッドホンをしながら、必死に慣れない手つきで上を向き空に向かってシャッターを切る春歌の姿が脳裏に浮かぶ。

トキヤは苦笑しながら、メールを閉じた。
控室には窓がない。
テレビをつけると、丁度「ホワイトクリスマスです」と外の定点カメラを通じてのコメントを残している芸能人の声が部屋に届く。
真っ暗な空から、光り輝く街にしんしんと、しんしんと白いものが落ちてきていた。

トキヤは次の現場への準備を終え、控室を出た。
音也に見つからない内に書いておいた、ありがとうのメールを春歌に送る。

待っていたタクシーに乗り込むと暖房の強さが、外気との違いを鮮明に見せ、これもまた季節感だと感じさせる。

(外は寒いでしょうに。貴方のそのかじかんだ手を温めてあげたいですよ…)

タクシーは雪がうっすら積もった道路を、新人アイドル2名を乗せて情緒を感じさせることなく次の現場へと誘って行った。

作品名:van der Waals adsorption 作家名:くぼくろ