ぬくもりつないで
畳を転がっていたら、頭の後ろがごつっと銀ちゃんの膝にぶつかった。横目で見上げて眼が合ったのを確認してから方向転換。今度は反対方向へ発進。
ごろごろごろごろ。
転がる。万歳の格好。午後の陽光に照らされた畳が心地良い。光を直接浴びずに太陽を感じるとはなんて贅沢なことだろう。
「なァ」
銀ちゃんのいつもの緊張感の無い声。
「人間ってやめたらどうなるんだろ?」
新八が畳んでいた洗濯物から顔を上げかけたところまでが見えて、私の顔が畳みと向かい合わせになって、はぁ? という声が聞こえて、もう一回転したらばふっと肩から定春にぶつかった。
「やめるって何をですか」
「だから人間を」
「人間が人間を?」
「そうそれそれ」
うつ伏せた顔を上げる。定春は窓際の特に暖かい場所でぐっすりと寝ていた。ゆっくり上下する背中をそうっと撫でてみる。ふわふわ。あったかい。
「なに言ってんすか。あんた人間やめたいんですか?」
「あー、昔やめようとしたことがあンだよね」
はぁ、と、新八の語尾が下がった。私はまたうつ伏せて万歳に戻って、転がり始める。
「やめるって……どうやって?」
「んーほら、人間って人の間って書くだろ」
「はい」
「だからさ、人の間から抜け出そうと思ったの」
ふたりの会話が近づいてきたと思ったら体が何か柔らかいものに乗り上げた。私は反射的に動きを止めた。
「わ、神楽ちゃん!?」
思ったより近くで新八の声がする。仰向けの体勢からまたごろんとうつ伏せてみるとお腹の下で銀ちゃんの寝巻きがぐちゃぐちゃになっていた。
「あ」
正座した新八の膝が目の前にある。私はどうやら畳んだ洗濯物につっこんだらしかった。
「あ、じゃなくてどいてよ」
見上げたら新八が笑った。困ったように苦笑い。私は無理矢理に体の向きを変えて銀ちゃんの足元へ転がった。
「どいてやったヨ。感謝しろ眼鏡」
「余計ぐちゃぐちゃになってんじゃねーかコノヤロー」
苦笑いの口元が引きつった。銀ちゃんはゆるりと笑って、ぐしゃぐしゃのバスタオルに手を伸ばして引き寄せた。それは私の上空を通って、銀ちゃんの手で適当な感じに折り畳まれて、最終的に何故か私のお腹に乗せられた。
「動くなよー」
楽しそうな声と顔でそう言われた。そして私のお腹の上には更に布巾とか私が昨日着た服とかさっきの銀ちゃんの寝巻きとかが積もっていく。新八があはははと笑う声も聞こえた。
「あーあ、俺結局抜け出せてねェよなァ」
銀ちゃんの声に残念そうな響きが聞こえて、そのことを私は少し恐ろしく思った。でも、銀ちゃんはやっぱりさっきと変わらず笑っていた。
「無理ですよ」
新八が言った。
「なんで?」
銀ちゃんが手を止めた。
「だって」
首を反らせると新八が見えた。
「銀さん優しいから」
女みたいに穏やかな笑い方だと思った。それでもその眼には強い光があった。信頼のような確信の意思。そんな光が。
銀ちゃんはと言えば、微妙な顔をしている。口端は持ちあがっているけれど、さっきのような笑みではなく、きっと内側に色々な思いが巡ってるのだろうと思わせる、そんな感じの眼の色。
「銀ちゃんはずっと私と新八の間にいるアル」
それは現状の確認と未来への希望、もとい、私のエゴ。
「……そりゃあもしかして命令か?」
「銀ちゃんなかなか物分りがいいネ」
は、と漏れ出た笑い声。大きな腕がにゅっと伸びて、ぐしゃぐしゃと私の髪を混ぜ返した。定春程のあったかさは無い。でも、温かさが体の内側に広がる。なんだかくすぐったい。笑いながら身を捩るとお腹の上の布の山が崩れた。
「あ」
銀ちゃんと新八と私。みっつの声が重なった。
「だから動くなって言っただろーが! お前これ全部畳んどけよなー」
「私だけにやらせるなんてずるいネ! 悪いのは変なとこに置いた銀ちゃんアル!」
「あーもう押し付け合ってないでさっさと二人で畳めや!」
「えっ何新八くんったら一人で逃げる気?」
「逃げるも何も僕は何もやってませんから」
「抜け駆けは許さないアルよ新八!」
「何の話だよ!」
「何ってホラ、俺たち三人は一心同体だろ?」
「銀ちゃんが右半身で私が白血球で、新八は眼鏡アル!」
「眼鏡の前に左半身を補えや」
「まーまー三人でやりゃーあっという間に終わるだろ?」
「そりゃーそうですけど……」
腹筋を使って上体を起こして足をずらしてそのまま前に倒れこむ。すると想定通りに私は不満そうな顔の新八の腕をがっちりと捕まえることができた。
「新八確保!」
「よし、神楽グッジョブ」
心の底からのため息が私の頭に降ってきた。
「ああもう、やればいいんでしょ?やれば」
二人が同じ温かさを感じているのかどうかなんて確認する術もなくて。
それでも確かに繋いだ気はして。
あわよくばずっとこのままで、
そうしてもっともっと多くの人と、
繋いでいけたらいいと思う。
私は欲張りだ。