正しい冬の過ごし方
風の音が聞こえるたび、身を竦める綱吉を膝に挟んで背中から抱いて、オッドアイの術士は満足気に目を細めた。
「音だけで寒いね」
「でも、あたたかいでしょう?」
「うん。すごく」
実際には豪奢で大きな窓は、今はログハウスのはめ殺しの小窓へと外見を変えている。
美しい紋の壁紙は丸太を重ねたものになり、刺繍で埋まったふかふかのソファは粗末なベッドのなりで、二人分の腰を載せている。テレビのすぐ脇の暖炉は、薪の爆ぜる音を立てながら炎を囲っていた。
見ているDVDは、事件という事件も起こらない和製映画だった。ごくごく普通の日本人女性が数人で、北欧の町に食堂をひらくという話。当然、自動車が横転することも、派手な爆発やアクションもない。銃さえも出てこない。
何かすごく平和な映画が見たい、と零した綱吉に、日本びいきのエンジニアが半年前に貸した映画だった。
返さないといけないのに仕事が終わらない、結局見ないで返すのが申し訳ないと愚痴ったマフィアのドンを、苦笑ひとつで手伝った悪名高い幹部は、労働の対価にふたりだけの時間を要求した。いろいろと芝居がかったことが好きな男は、どうせなら気分を出しましょう、と悪天候を逆手に取って、ここがどこかもわからないような幻覚を作ってみせた。
本物は風の音とふたりの存在と、テレビの画面のみ。他はまるっと何から何まで別世界だ。何せこのくそ寒い時期に、物好きにもエアコンまで止めている。
イタリアの人殺しの巣窟にいるなんて、フィクションよりふざけた現実から、映画1本分だけの逃避行を決め込んで、ふたりきり。
「あったかい」
「顔、少し寒いですね」
「うん。すこしだけ」頬をくっつけると、くすくすと笑う。
今マフィアの頭目をやっている若者には、のほほんとした映画の中の方が、よほど近い世界だったはずなのだ。
一体どこで間違ってしまったのか、不思議の国だか鏡の国だか裏社会だかに踏み込んでしまった普通の少年は、未だ抜け出せていない。柄にもなく覚悟を決めたのが悪かったのか生まれた星が不運過ぎたのか。あるいは、下手に頑張ることなくどこかで挫折できていたら、今頃平凡な世界で埋もれるように、よくある人生を生きていけていたのだろうか。
掃きだめに生れて血の海を泳ぐように生きてきた元獄囚と違い、まっさらなまま長じる道もあったはずの、誰より清い魂の持ち主。いつかは彼をあるべき場所へ返す、と霧の守護者は誰に言うでもなく決めている。それはおそらくは、まだ後継者であった頃の綱吉が持っていた、六道骸を監獄から出したいという望みに酷似していた。
画面の中、シナモンロールが焼ける匂いにつられて新装開店の店を覗くご婦人たちを見て、ああわかるなあ、でもあれって店の中から丸見えなんだよね、なんて言って、子供っぽく笑うマフィアのボスは、男の宝物なのだ。
テレビとしては大きな画面は、だがドアにするには小さい。
衣装箪笥の中へ蹴り込まれてしまった子供は大人になってしまったけれど、こちら側に随分と馴染んでしまったけれど、それでも「あちら側」へ送ることを、骸はまだ諦めていない。
「いつか、君を」
「うん、お前も一緒にね」
毛布を中で閉じた手に、一回り小さな手が重なった。