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【APH仏英】果てしない物語

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馬のいななき、甲冑の擦れ合う音、剣がぶつかり合う音、怒鳴り声、それらが混ざり合い皮肉にも調和を産み出している戦場で、イングランドはまだ一度もフランスと相見えたことはなかった。何回か遠目に輝くあの金色の髪を見たことはあったが、イングランドは見なかったふりをした。目を合わせるのが怖かったのだ。
 恐怖は確実に彼をかたちづくるもののひとつだった。イングランドはいつも怯えていたが、それはまた彼を動かす力にもなっていた。おびえながら弱いままの自分でいたくなかったから、フランスの庇護の下から逃げ出したのである。だからこそこうして今ここでかの王と戦っているのだ。
 イングランドは以前よりも多くのことを分かってきていたが、未だに分からないこともたくさんあった。
 ただ、この戦いが終われば漠然と何かが変わると信じるだけだった。
 


 ひと雨来そうだ。
 フランスは空を仰いだ。
 曇り空は、フランスとイングランドの境界のようにどこまでも曖昧だった。
海の向こうのちいさな島の灰色の空を、深い森を、その森のなかに隠れていた緑の目を思い出して、フランスはひとりごちた。
「……俺が居なきゃ、あいつは……」
 フランスは頭ではこの思いが欺瞞であると分かっていたが、心は見ない振りをした。暴かれるにはまだ早い。
 ちいさくてかわいそうなアングルテール、いつまでもそのままだと思っていた。
 フランスが眩しいばかりにあの白い壁を目指して海を渡った日々も、今はもう遠い。
 あの深い森に棲むこどもを見つけてから、フランスは機会があれば海の向こうの小さなブリテン島へ渡った。緑をかきわけて金色の頭を探した。
 ぼさぼさ頭と眉毛をからかった時の怒った顔や、そのお詫びにと差し出した菓子を仕方ないからもらってやると受け取った時の拗ねたような真っ赤な顔を、俺は未だに忘れられない。多分これからもずっと。
 濁った空に溜息をひとつ吐き出して、フランスは馬を前へと進めた。



 海峡を渡り大陸に上陸したイングランド軍は、ノルマンディーを横断しピカルディを北上した。1ヵ月で350キロメートルを踏破し、その道すがらフランス軍への挑発を繰り返していた。この挑発にフランス軍が応えた場所がクレシーだ。
 1346年の夏、両軍はここクレシーで対峙し、フランスとイングランドも久しぶりの再会を果たすこととなったのだ。
 二人は砂埃の向こうの互いの顔を盗み見たが、心のうちなど見えるわけもない。不安な心をお互いに隠していることなど知るよしもない。
 じりじりと熱いのは鈍い熱を放つ太陽かそれとも眼差しの強さのせいか。俺たちは不安をひそかに抱きながら、ただ薄曇りの向こうの太陽を睨みつけることしかできない。フランスは目を細めた。
 ふいに二人の目線が交わったが、次の瞬間戦いの開始の合図が空を裂いた。イングランドは矢をつがえ、フランスは剣の柄を握る力を強くした。

 始まってしまえば、後は終わるだけだ。本能のままひたすら生き残ることを目指すだけだ。
 怒号と甲冑のこすれ合う音、砂煙と血の匂い、俺たちはここで生きるしかないんだ。二人は前だけを見据えた。もう目をそらすことはできない。

 イングランド軍はロング・ボウと呼ばれる弓でこの戦いを制した。フランス軍はこの秘密兵器に手も足も出なかった。大敗だった。イングランドの人々はこの勝利に歓喜した。
 その騒ぎのなかでイングランドは、破れて去る者の背中と今はもう動かない敵味方の兵士を遠くにぼんやりと捉えながら、9年前を思い出していた。
 1337年にウェストミンスターでエドワード三世はフランスに反旗を翻すと宣言した。事実上イングランドのフランスへの宣戦だった。即位したときは15歳の少年だった彼が、背も声もいつの間にか大人のものになっていたことに、イングランドは気づかされた。
 あの時エドワードはフランスの王座を主張した。俺たちは今それに向かって進んでいるというのか。フランスを打ちのめして服従させることを。
 今までは自分の土地をフランスから守るだけだった俺たちが、この大陸に攻め入ろうとしている。
 胸を突くような痛みとともに、しかし体の奥底からは熱い力が湧いてくる。
 今、急激になにもかもがかわっていく。もう戻れない。戻らない。胎内でなにかがうごめいている。もうこどもではいられない。おれたちは国民の父であり母なのだ。
 イングランドは、別れの言葉の代わりにただ泣いた。さびしいとは思うまい。二度とさびしいなどと思わないように、ここで泣いておくのだ。
 拭ってもらう手を忘れた涙はやがて赤い血になるだろう。けれども俺はあいつに貰ったすべてを、あいつに似て綺麗すぎた花冠を、その手ずから作り出された菓子の味を、この苦い涙を、忘れはしないだろう。
 涙が乾いたら、また進まなければ。
 行軍は歩みを止めない。時はたゆまずに進んでいくのだ。



 これはフランスとイギリスの別れであり、二人のはじまりでもある。血で血を争う戦いを数え切れないほど繰り返し、幾度も剣を交えるだろう。
 それでも二人がフランスとイギリスである限り、隣国を忘れることなどできない。例えその手段が互いに傷つけ合うものだとしても、その存在を確かめずにはいられないのだろう。
 二人が重なり合うときをひそやかに祈りながら。