逃走中
完全に巻いたわけではない。現にまだそれ程遠くない所から追手の声が聞こえる。
少し身動ぎをすると、鎖が擦れて鈍い音を立てた。
慌てて身体を硬直させる。畜生め、重りなんてどうでもいいが、これが非常に厄介だ。
どう移動するにしても必ず音が出る。飼い猫の首輪に付けられている鈴のように、この拘束具はじゃらじゃらと大きな音を立てて相手に位置を知らせてしまう。
本来の役割とは違っても、その鉄球は勘兵衛の挙動を制限するということに関しては十二分に成功していると言えるだろう。
現に……
「いっ、いたぞー!!」
こうしてほんの小さな音でも敵に拾われてしまったのだから。
まずい、と思う前にあっという間に周りを囲まれる。多い。ざっと7,8人、後方から更に少数部隊が駆けてくるのも見える。
ああ、くそ、どうしたらいい。考えろ、考えろ。
『黒田勘兵衛!見つけたぞ!!』
聡明な小生なら思いつく。敵方の軍勢を一人で蹴散らせる策が。
『おい、思ったよりでかいぞ。大丈夫なのか……?』
うるさい、気が散る。黙っていろ。ごちゃごちゃ周りで喋られると考えがまとまらなくなる。
『馬鹿、良く見ろ!こんなでかい鉄球で繋がれてるんだ、碌な抵抗が出来ようはずも無い!』
小生は頭脳派なんだ。策が思いつけばこの小うるさい奴らなんて一度に……。
『そうか…そうだな!!よし、全員一斉にっ、かかれー!!!』
大きな声を出すな!雑兵風情が!!
「静かにッ……考えさせろおぉぉぉおおお!!!!」
……
これで静かにこの窮地を抜け出す事を考えられる。
ふん、流石は小生だ。邪魔者も排除したし……ん?
「ああ……必要無くなったか」
まあとにかく、関ヶ原へ向かおう。三成を問い詰めねば。
追手は全て始末した。これでよし、と勘兵衛は意気揚々と再び歩き出す。
勘兵衛がずりずりと引きずっているその不自然な鉄球の跡でまた新たな追手を呼び寄せていることに気付くのは、それから半刻後、第二陣に囲まれてからである。