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吐き気がする程あまい話【正帝】

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「おっはよ~、帝人!! メリークリスマス・アフター」

靴下型の寝袋に入ったまま立ち上がった正臣がテンション高く言ってくる。
低血圧ではなかったが朝から帝人はイラッとしたので手近にあった枕を投げる。
ヘディングで返された。

「良い子の帝人にクリスマスプレゼントだぞ~。欲しいだろ?」
「その寝袋を? 温かそうだよね。その中に入ったまま正臣は外の電柱に吊るされたいのかな?」
「喜べよぉ」

巨大な靴下に入ってゆっくり近づいて来る正臣の足を帝人は払う。
足払いというよりも弁慶の泣き所を向かって膝のバネをよく使ってカカトを入れる。

「いいぃぃいいぃ!!!」
「喘がないでよ」
「喘いでねぇ!!」

涙目の正臣に帝人は枕をもう一度投げる。

「今日何日だと思ってるの!!」
「二十六日です、すいません!!!」

寝袋に入ったまま頭を下げる正臣。
少し汗を浮かべた正臣に帝人はやっと異常に気付く。
どうして正臣は寝袋に入ったままなのか。
立ち上がって寝袋を下げれば「キャー、大胆ッ」と言われた。
帝人の手にねっとりとつく、赤。
正臣はもう限界だとばかりに倒れた。
腹を押さえている正臣のパーカーは見たことがないほどに赤く汚れていた。
ちゃんと見れば正臣の顔面は蒼白だ。
指先など痙攣している。
頑なに寝袋から出なかったのはこれを見せたくなかったからか。
馬鹿だ。
匂いですぐに気付くことになるというのに。

「正臣……これは、なんのつもり」
「ごめんな……帝人。本当はもっと早く……すぐにでも……来てやるつもりだったんだ、が」

途切れ途切れの声。
正臣の瞳が閉じかける。

「ふざけるなっ」

自分でも考えられない大声が出たが帝人は止まらない。

「なに考えてッ」

倒れる正臣の胸倉をつかみ上げる。
こんなことを自分がすることになるとは思わなかった。

「このバカ!! 馬鹿っ!! ばかぁぁ!!!!」
「何でお前が泣くんだよ」
「泣くよ」
「辛いのは俺の方だろ……帝人のバカ」
「こんなの見せられて」
「苦しいんだ。ちょっと眠らせてくれよ」
「ふざけるなっ!! そんなの許さない」
「首、しまってる……くるしい」
「うるさい、馬鹿っ。この馬鹿っ」

帝人は正臣の身体を揺らす。
それがよくないことは分かっている。
もうすでに取り返しはつかない。

「ごめんな。……汚しちまって」

べったりと手についた、赤。
正臣の青白い顔。
吐き気を催す悪臭。

「許すわけないって言ってるだろ!!」
「眠らせてくれ」
「ふざけるなッ」
「ちゃんと片付けるから」
「当然だよ」

帝人は嘔吐物にまみれた正臣のパーカーを脱がせる。
手を洗ってから窓を開けて「さーむーい」と言い出す正臣にジャージを渡す。

「普通の服を貸してくれないのか」
「今の正臣……くさい」
「うぐっ!! いい男が言われて傷つく台詞をわざとチョイスして言ってくるこのソルジャーボーイは……」
「なんなの? 赤いの……苺? なんで吐くほど食べるの? 馬鹿なの?」
「苺のムースをホール食い競争だ」
「何を挑戦してるんだよ!! 負けてしまえ! え、賞金は?」

正臣が勝ったことを前提で考えている帝人。

「景品はこの寝袋だ」
「もう使えないじゃん!!!」
「いや、帝人の横に靴下寝袋で現れるっていいサプライズだっただろ?」
「一瞬のためだけにこの苦行? 割に合わないよ」

帝人の絶叫にも正臣は首を振る。

「男にはやらなければならない時がある」
「苺ムース食べてたせいで二十五日潰れたとか言わないでよね」
「いや、これは二十四日に無事に手に入れたんだ」
「なんでさっさと来ないんだよ」

頬を膨らませて怒る帝人に正臣の表情は若干明るくなった。

「腹いっぱいな俺の前に試練がやってきた」
「くだらないんだ」
「まあ、聞け。今日に限っていや昨日に限って俺はモテモテで美女や美少女や美幼女からケーキを驕られ貢がれ続け」
「大食い王とかで面白がられたんじゃないの」
「だが、俺は脇目も振らずに愛しいお前の元へ」
「なんで丸一日経ってるの?」
「ちょっとトイレに籠ってた」

聞かなければよかったと帝人は後悔する。

「上も下も大変なことになって俺はナンパ神に誓った。もう大食いも早食いもしません。必要な栄養以外いりません、ってな」
「格好良くないよ。普通だよ」
「ちゃんと盗まれないように俺の宝である寝袋は目の届く範囲に」
「盗られたんだ?」
「奪い返す時の色々のことで不幸な暴発として下半身は爆撃を受けて」
「正臣が露出趣味の変態なのかと悩んでたところだけど……ただの馬鹿でよかったよ」

下半身に何もなかったのを隠すために寝袋をずっと上まで引き上げていたらしい。

「ばか」
「うさぎ飛びの要領でぴょこぴょことここまで来て……階段のぼるのきつかったんだぞ」
「それでシェイクされた胃袋は」
「帝人の顔面にぶちまけるわけにはいかないという俺のナイス配慮!!」
「この寝袋……捨てていいよね。正臣の服も捨てるよ」
「記念にとっとこうぜ。洗えば来年も」
「い・り・ま・せ・ん!! もう驚かないからサプライズじゃないし」
「次は帝人をその寝袋に」
「誰が入るか!!!!!」

帝人は正臣の腹を踏む。

「きちくー!! きちくがいるわー!!!」
「馬鹿臣馬鹿臣バカバカバカ」
「昨日淋しがらせた分、今日は一日いちゃいちゃ……」
「学校行くよ」
「俺の看病してくれよ」
「……なんで、僕が」
「このまま学校行ったら帝人の布団は帰ってきたら」
「最悪だよ!! もう、大人しく薬飲んで安静にしてよ」

水なしでも飲める薬を正臣に投げて帝人は横を向く。
正臣が大食い大会に出場して優勝したことはダラーズの掲示板で噂になっていた。
名前はなかったがそれが正臣であるのは少ない人物の描写から分かっていた。
クリスマスに放っておかれたことよりも何よりも最終的に正臣が目の前にいることに少し安心を覚えてしまう自分がどうしようもない。
帝人は破天荒でどうしようもない正臣が好きだった。

「いいよ。クリスマスプレゼントはその日中にもらったから」

大食い大会は途中途中で盛り上げるためにステージごとに景品が設定されていた。
最後からひとつ前の景品、それは携帯電話だった。

「新しいのにしたいって言ってたからさ」
「ありがとう。お疲れ様」

景品は二十五日の朝に無事に届けられていた。
でも、正臣がいないと意味がないのだ。

「もしもし?」
『なんだよ』
「初めに正臣に電話したかった。短縮に登録し直すよ」
『……そっか』
「メールするね」
『この距離でか』
「しゃべるの……まだ辛いでしょ」

通話が切れたかと思うとすぐにメールが来た。
いま打ったというよりは下書きしていたのだろうか。

『帝人愛してる』

短い文なので予測変換だったのかもしれない。
帝人はもちろん『僕も』と返す。


どうしようもなく甘ったるいせいで汚らしい話。