クリスマスソングのせいにして
夜の闇の中、風が強く吹いて家や庭の木々を揺らしている。
宝生蝮は寒さに身を少し震わせながら歩いていた。
さっき、携帯に電話がかかってきて、呼びだされたのだ。
仕事中ではなく家でくつろいでいたので、仏教系祓魔師の格好ではなく私服を着ている。
コートを羽織ってきたのだが、寒い。スカートの裾が風に揺れている。
蝮は自宅の門から道へと出た。
その道に、蝮を呼びだした者が立っている。
「おっ」
志摩柔造が声をあげた。
蝮と同じく、仏教系祓魔師の格好ではなく私服だ。
そのため、いつもよりも雰囲気がやわらかく見える。
柔造に笑顔を向けられ、しかし、蝮は笑わずにいる。
「話って、なんや」
堅い表情のまま、柔造に問いかけた。
話がある、と電話で呼びだされた。だが、その電話中に柔造は呼びだす理由を話さなかった。
電話では話せないような難しいことなのだろうかと、蝮は想像した。
「なんか問題でも起きたんか?」
明陀宗の存亡に関わるような問題だろうか。
蝮は心配する。
しかし。
「ちゃう。そんなことやないわ」
柔造は否定した。
だから。
「せやったら、私になんの用や?」
蝮はふたたび問いかける。
だが、柔造は答えず、蝮の眼と合わせていた視線を少し落とした。
なんなのだろう。
よくわからない。
蝮は戸惑い、柔造の返答を待つ。
しばらくして、柔造が眼をあげ、蝮の顔を見た。
柔造は笑っていない。いつもよりは表情が硬いように感じる。けれども、怒っているわけではなさそうだ。
その口が開かれた。
「さっき、電話したやろ?」
「うん」
「あのちょっとまえ、街、歩いてたんや」
柔造は穏やかな声でゆっくりと話す。
「今日はクリスマスイブやから、クリスマスソングが流れてた」
「うん」
相づちを打ちながら、蝮は、それがどうしたのだろうかと思う。
クリスマスソングと、自分が呼びだされたことが、どうつながるのか、わからない。
「それ聴いとったらな」
柔造は話を続ける。
「なんや、大切に想おとる相手に逢いたなったんや」
蝮の眼を真っ直ぐに見て、言う。
「無性に逢いたなったんや」
その声音はさっきまでよりも強い。
「せやから、逢いにきた」
大切に想っている相手に逢いたくなった。
だから、逢いにきた。
そんな柔造に呼びだされたのは、自分だ。
その意味を、蝮は理解した。
驚いた。
蝮は眼を見張ったまま、言葉を無くして、立ちつくす。
少し間があって、柔造がふたたび口を開いた。
「蝮、おまえが俺のことサルやぐらいにしか思ってへんの、よォ知ってる。せやから、今まで素直になれへんかった」
蝮は思い出す。
これまで自分たちは何度もケンカをした。
だから、柔造に告げられたことは予想外で、驚いているのだ。
「せやけど、俺はおまえのこと、昔から、ずっと、大切に想おとった」
柔造の声からも、その眼差しからも、それが嘘ではないことがわかる。
真剣な想いが伝わってくる。
さらに、柔造は告げる。
「昔から、ずっと、俺はおまえが好きなんや」
その言葉に耳を打たれたような気がした。
そんなことは予想外。
いや、本当にそうだろうか。
振り返ってみれば、自分は柔造に大切にされていたと感じる。
ケンカをして、ひどい言葉を投げつけたこともあるのに、柔造はいつも自分を助けてくれた。助けに、来てくれた。
その、いくつもの思い出が、胸に迫ってくる。
蝮は眼を伏せた。
どうしよう。
なんて返事をしようか。
しばらく考え、そして、蝮は決めた。
伏せていた眼をあげた。
柔造を見る。
一歩、近づいた。
それから、手を伸ばす。
柔造の腕をそっとつかんだ。
蝮は柔造に言う。
「こんな寒い中におったら風邪ひくわ。うちの家の中に入り」
「蝮」
つかんでいた腕を放すと、蝮はさっさと歩きだす。
柔造がついてきて、横に並んだ。
ふと、手のひらに、柔造の手のひらが寄せられてきたのを感じた。
手をつかまれる。
その感触は優しい。
蝮は歩きながら、手を軽く握り返した。
手をつないだまま言う。
「父さまは手強いで」
「そんなん、重々承知の上や」
そんなやりとりをしたあと、ふたり同時に笑った。
作品名:クリスマスソングのせいにして 作家名:hujio