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【ゴールデンデイズ】8巻読後

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地平線のきわににじむ白くくすんだ水色は、中天に近くなるほど明度と濃度を増していく。けぶる雲ひとつない文字どおりの青空は少々目に痛く、白光を放つ太陽から顔を背けた。延々と広がる地平に緑の影はない。
 青や緑、土埃の茶色でさえ、色というものを認識するたび蘇る声がある。
「世界がみどり色に見えているのか、と訊かれたことがある」
 アルファロメオを走らせる部下が訝しげに眉を動かした。彼の瞳も自分と同じ、緑色だ。
 少年の日、海の向こうにある国でたった数ヶ月をともにした友人はきっとくろぐろとした目をしていたのだろうと思う。きらきらと、くるくると、表情をよく乗せて輝いた双眸の光はよく覚えているが、色となるとその輝きに押し負けていてうまく見つけられない。
 部下の返答にまごつく気配を拾い苦笑する。丘の向こうにぽつりと見える駐屯地へはまだ遠い。
「子どもの頃の話だ。彼からすれば自分とは異なる私の瞳が珍しかったのだろうな、どんな世界が見えるのだと言われた」
「それはそれは」
「私も訊けるものならばぜひ尋ねてみたいな。彼にはこの世界がどう映っているのだろう」
 短く苦笑した部下の、声にならなかった言葉を受けて再び空に目をやった。
 彼はきっと、今こうして銃を背負い軍用車で痩せた大地を走る自分を、学舎でひらく教本のなかに見つけるだろう。もちろん名前が記されるわけではないけれど、数ページ、もしか数行の文字列に沈む己を彼が拾いあげてくれるときを思うと胸に満ちるものがある。
 まず間違いなく、感謝などと殊勝な真似はするまい。顔を真っ赤にして怒る様子がすぐさま青空を背景に浮かんできて笑みが深まる。危険な真似を、と怒鳴る彼は空想のものだというのに手を伸ばして掴みかかってきそうな迫力だ。そうだ、彼は怒るだろう。
 涙を流してくれるかわいげが彼に宿るはずもない。こうして自分が守ろうとしているこの時間の先で彼が生きていて、この馬鹿野郎と罵りのひとつでもくれれば満足なのだ。
「ベルディーニ大尉」
「なんだ?」
「その質問を今もう一度されたとしたら、どうお答えになるのですか?」
 部下は生真面目すぎるほど生真面目な、そして呆れるほど心根の甘い男だ。故郷で老いた両親の農場を手伝うのが夢であるらしく、彼らに向けて長い手紙を書いているのをよく見かける。
「……そうだな」
 眼鏡の位置を直し、ジャケットの左胸に手を置く。常に内ポケットに入れた輝かしく大切な日々の結晶にも聞かせてやろうと、答える声は僅かに俯きながら囁いた。
「とても満ち足りている、と答えようか。世界がどれほど絶望に覆われているとしても私は幸福なのだ、と」
 別離の時にあり、幸せであれと願ってくれたかの友人を思う。
 彼のために戦えるのであれば、この腐りきったくだらない戦争に従事することに誇りすら抱ける。
 奇異を見る目つきの部下に横目をくれて肩を竦めた。
「友人に恵まれたのさ」
「はあ……」
 胸ポケットを一度握りしめ、その手を下ろして左腿の薄汚れた包帯を引っ掻く。じくじくと膿んだ傷口から生じる熱と車の振動が混ざりあい、まどろみのような気だるさを生じさせていた。
 前線から退いたとてしょせんは戦場だ。どれほどの治療が望めるものかと、昔からの性分で皮肉を思いながら青空を見つめる。耳をぶつのは無粋な風音とアルファロメオのエンジン音だけで、聞き慣れてしまったそれが今はひどく味気ない。
 この空の下、この世界のどこを探しても決して会うことのできない友人へ、なあ、と呼びかけてみる。なあ光也。
 俺はおまえを喜ばせてやれているだろうか。なあ光也、おまえのヴァイオリンが聞きたいなあ。
 なあ光也、俺はとても幸せだ。
 何度も何度も懐かしい名を繰り返し、春日仁はすばらしく青い空へ向けて小さく笑った。
 彼を呼ぶだけで、世界はこれほどに美しい。