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明陀を守るもの

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正十字騎士團、日本支部京都出張所の一角。日付の変わった内部は、照明も落とされ不気味な位静まり返っている。『深部』へ向かうエレベータの前で、宝条蝮《ほうじょうまむし》は立ち尽くしていた。
「オイ、蝮。お前そんなトコでなんしとるんや」
「志摩…」
 振り向くと、仏教系祓魔師の制服に錫杖《キリク》を持った志摩柔造《しまじゅうぞう》が居た。
「なんやヘマでも仕出かして、締め出し喰ろうたんか」
 少し馬鹿にしたような当て擦りを言いながら、歩み寄ってくる。静かな廊下にひたひたと草履の音が響いた。
「申《さる》が、黙りよし。私《あて》がそんなヘマするワケおへん。仮にも深部一番隊隊長や」
「さよか。で、その隊長がこんなとこで呆けとってエエんか」
 錫杖をかつんと床に立てると、頭部についた鐶《かん》がしゃらんと鳴った。
「ああ…、ホンマや。その通りやな」
 ――私が呆けとってどないするのや。やると決めたのやないか。
 ぎゅ、と拳を握り締めた。
 それでも、と思う。自分がこれからやろうとしていることが恐ろしく感じる。これしか本当に道はないのだろうか。明陀のためでも、逆に皆を裏切ったことになるかもしれない。ことが露見すれば自分だけでなく、父《てて》さまを始め、妹の青や錦も、皆から後ろ指を指されることになるだろう。
 ――だが。それでも…。
「なんや、お前ホンマにおかしいで?調子でも悪いんか?」
 いつもなら言い返しとるやろ、と柔造が伺うように蝮の顔を覗きこんで来る。小さい頃から一緒にいたのに、改めて間近で見た柔造の顔は知らない人のように見えた。暗い廊下だからだろうか。まともに柔造の顔を見ていられなくて視線を外す。罪悪感なのかも知れない。それとも、一度決めた決意が不安で揺らいでしまいそうになったせいか。
「明陀は…。どこ向いたはんのやろ」
「あ?」
 思わずぼそりと呟いた。柔造が訝しげな顔をして聞き返してくる。
「正十字騎士團に入って良かったのやろか」
 がりがりと頭を掻きながら、柔造は一つ大きく溜息を吐いた。
「仕方あれへんやろ。そうでもせんかったら、明陀はわやになっとった。檀家も信徒もおれへんようになって、他に明陀が生き残る道はあれへんかったんや」
 判で押したような答え。青い夜以降、明陀宗総本山、金剛峰寺《こんごうぶじ》は「祟り寺」と噂されて寺として立ち行かない日々が続いてきた。だからこそ柔造の言うとおり、正十字騎士團に入らなければ明陀は生き残れなかった。だが、蝮にはそれでは納得できない部分があるのだ。
「…明陀の勤めやら、騎士團としての勤めやら、どっちがどうなんか判れへん」
 柔造が黙り込む。普段は嫌味の押収しかしない二人だ。思わぬ蝮の態度に、戸惑っているのかも知れなかった。
「私らは、何なんや。正十字騎士團の祓魔師や言われとるのやったら、明陀の戦闘員と思うたらあかんのやないか?それでも、父様はことあるごとに『明陀』といわしゃる。どっちなんや?あのメフィストに上手いこと言われて、目の前ニンジンぶら下げられて。他に目が行かんようにされて、私らはなんやエエように騙されとるのとちがうか」
 明陀がもともと守ってきた勤めや組織体系は、正十字騎士團日本支部京都出張所となった時に綺麗に組み込まれた。それこそ、どこがもともと明陀で、どこが正十字騎士團から持ち込まれたものか、『継ぎ目』も判らぬほど。だからこそなのか。自分が明陀に拘りすぎなのか。自然すぎて却って不自然に感じてしまうのだ。
「お前考えすぎや。両方でエエやないか」
 思わず蝮がぽかんと柔造を見上げた。
「りょうほう…」
「あほぅ、忘れたんか。正十字騎士團に入っても、明陀の教義とは矛盾せん。和尚《おっさま》とオマエんとこのお父《おとん》、ウチのお父とで決めたんやないか。明陀のモンや思うてても、ちゃんと正十字騎士團としての勤めも果たせる。だから両方でエエんや」
 柔造がきっぱりと言い切る。
 ――そんないい加減でエエのやろうか。
 目の前に立つ柔造は、軽く胸を張っている。どうだと言わんばかりに、得意げな顔をして。
――おれらがみょうだをまもるんや。
 ふと、子供の頃の柔造が自分やほかの子供たちを前に言ったことを思い出す。
「あてかて、みょうだをまもる!」
 蝮が言えば、小さい妹たちも競うように「あても!」と言い出した。
「あたりまえや!これはみょうだにうまれたもんのしゅくめいや!」
 柔造は厳かに、そして幾分誇らしげに言ったものだ。今のようなどうだ、と言わんばかりの顔で。
 ――ホンマ、申…。なんや、両方て。そないに上手く行くワケあれへんやろ。頭使わんからや。
 だが今はその単純さ故に揺るがない自信が何より頼もしかった。思わず蝮は下を向いて小さく笑ってしまう。
「蝮?」
 熱か?柔造が手を伸ばしてくる。額に触れた幼馴染の手は暖かかった。こんな大きな手だっただろうか。いつまでも金剛深山で鬼ごっこをしていた時のままのような気がしていた。変わっていないようで、変わっている。
「触らんで。アホが感染《うつ》る」
 ふと目の前の霧が晴れたような気がする。それが目の前の男のお陰だと認めるのも悔しくて、ばちん、と柔造の手をはたく。
「私は平気や。お申は自分の頭のハエを追うたらよろし」
「な…!何やと!?折角人が心配してやっとんのやないか!」
「人の心配しとる余裕あるんか?無能のクセに」
 フン、と鼻で笑ってみせる。短気な柔造がキレたら、こんなやりとりがあったことも忘れてしまうだろう。だが、それで良い。これからやろうとしていることを悟られる訳にはいかない。
「やかまし!オレを誰や思てんねや。祓魔一番隊隊長やぞ?」
 柔造が錫杖を鋭く振り回して、蝮に向けてびたりと構える。しゃりんと鐶が余韻を残して鳴った。
「おお怖《こわ》。たまには力やのうて頭も使《つこ》たらんと、ヒトの言葉も喋られんようなるえ」
 蝮は馬鹿にしたように笑った。
「なんやと、このヘビ女」
「それそれ。申は悪態も芸がおへんわ」
「悪態に芸もクソもあるか!」
 しゃりんと音がして、柔造が錫杖を掻い込む。真っ直ぐ突き出せば蝮の胸に突き刺さるだろう。
「やるんか…?」
 蝮が両手で印を結び、使い魔の蛇《ナーガ》を呼び出す真言を唱えようとする。途端に柔造が錫杖を納めて傍らに立てた。
「なんえ、怖気づきよったんか?」
「フン、お前なんぞ怖《こわ》ないわ。お前と争っても明陀は守られへん。アホくさ」
 柔造が鼻で笑って、どうだ、と言う顔をしてみせる。
「力だけの志摩に、明陀守れるんか」
「オイ、折角ヒトが引いて場を納めよてしとんやないか」
「冗談や」
「…お前の冗談、おもろないぞ」
 柔造が苛立たしげに呟く。
「私らは、何があっても明陀を守る」
「?おお」
 急に話が変わったのに、柔造が驚く。
「明陀に生まれたもんの宿命や」
「そうや」
「ならええ。申は申なりに気張りよし」
 なんやと!と喚く柔造を聞き流して、蝮は踵を返す。
 ――そうや、私らは明陀を守る。これは明陀を守るためなんや。例え、裏切り者と言われたとしても。
 ふと、幼い柔造と今の柔造の顔が重なる。明陀を守ると言った、誇らしげな顔で。
 ――全然成長してへんな。
作品名:明陀を守るもの 作家名:せんり