Sweet Lip
そっと自分の唇に触れる。冬の季節になった今、暖房がかかっている所が多いからか空気が乾燥して唇がカサカサになる。
あまり気にしていなかったのだが唇が乾いているせいか所々少し切れていて、そのせいで誰かと話している時や食事の時など醤油が染みたりしてとても痛い。
自分の唇に触れたまま唸っていると、ガチャとドアが開く音がして俺の双子の片割れが入ってきた。
雪男は俺に目を向けると、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?口押さえたりして、吐きそうなの?」
「なっ!?ちっげ・・・っ。」
怒鳴った瞬間元々切れていた唇の傷が少し広がって痛んだ。
唇を押さえてうずくまると、今度は心配そうな顔をした雪男が俺の顔を覗き込んできた。
「ちょっと本当にどうしたの兄さん?どこか具合が悪いの?」
そう聞いてくる雪男に事情を説明すると、呆れたように溜息をつかれた。
「そんなのリップクリーム塗れば済む話じゃないか。」
「嫌なんだよ。あのベタベタした感じとかが気持ち悪いじゃんかよ。」
俺がむくれて言うと、やれやれと雪男はそっと俺に顔を近づけた。
「だったら俺が兄さんにリップクリーム、塗ってあげるよ。」
「え?でもそんなのどこに・・・んっ・・」
全部言い終わる前に雪男に口を塞がれた。
触れ合わせた唇を少し離すと雪男は俺の唇をペロ、と舐めた。
「・・・っ!?」
俺は驚いて雪男の胸を押しやると、自分の唇を手の甲で拭う。
「な、何してんだお前っ!?」
「何ってリップクリームの変わりに唇舐めただけだけど?」
雪男は平然とした顔で答える。
「ほら、舐めときゃ直るとかよく言うじゃない。」
「だからって口舐めんなよ!!」
俺は自分のベットに向かうと、そのまま布団に潜り込む。
「別に恥ずかしがることないじゃない。いつもキスとかしてるんだし。」
「そ、そういう問題じゃねーんだって!」
雪男とは何度かキスをしたことがある。それでも恥ずかしいのに慣れることはない。
「もう寝る!!おやすみ!!」
俺は自分の顔が赤くなっているのを感じながらそう怒鳴ると、静かに目を閉じた。
俺は祓魔塾の自分の席に着いて未だに荒れたままの唇に触れる。
雪男に舐められて直るとは思っていないが、痛みは治まらなかった。
「どないしたん?そんなキスされたそうに唇押さえて。」
そう声をかけてきたのは志摩だった。隣には勝呂と子猫丸もいた。
「誰がキスされたそうに、だよ。」
「違ったん?でも、そないに唇押さえとったらそうとられても文句言えんで。」
「別に、唇荒れてて痛てーんだよ。」
そう投げやりに答えると、勝呂が何か思い出したように鞄をゴソゴソと探って何かを取り出した。
「これよう効く傷薬や。唇切れた所直せるか分からんけど使えるんとちゃうか?」
「おお!勝呂!良い物持ってるじゃねーか!んじゃ、それ塗ってくれよ。」
俺がそう言うと、勝呂は顔を真っ赤にする。
「な、何言うてんねや!?自分で塗ればええやろ!!」
俺は勝呂が顔を赤くする理由が分からず首を傾げる。
「だって自分じゃうまく塗れねーじゃん。勝呂が塗ってくれよ。」
まだ顔を赤くしたままの勝呂を志摩が肘でつつく。
「坊、チャンスってやつですよ。」
何の?と聞く前にうるさい!と怒鳴った勝呂にぐい、と顔を引っ張られて声が出なくなった。
「いでで!何すんだよ!」
「塗ってやるからじっとしとけ。」
勝呂は指の先で薬をちょっと掬うと俺の口元にその指先を持ってくる。
「んじゃ塗るぞ。」
勝呂の指先が唇に触れると、薬の冷たさが伝わってきた。
その冷たさに少し驚いてピク、とすると勝呂の指もピクと反応した。
どうやら驚かせてしまったらしい。
「皆さんまだ残っていたんですか?」
聞き覚えのある声に視線を向けると、雪男がこっちを見ていた。
そして俺たちのこの状況を見て眉間に皺を寄せた。
「何してるんですか?」
いつもより数倍低い声で尋ねてくる雪男に、志摩が答える。
「奥村君が唇荒れてる言うから坊が薬塗ってあげとったんです。」
雪男は何も言わずつかつかと歩み寄ってきて勝呂を押しやると、そっと俺に顔を近づけ昨日と同じように俺の唇を舐めた。
唇が離れると俺は慌てて口を押さえる。
「ま、またお前!?しかも皆の前でっ!!」
その皆の方を見ると、口をポカンと開けたまま雪男を見ていた。
「兄さんのことは僕に任せておいてくれて構いませんので。」
そう言うと、雪男は俺の腕を掴んで無理やり引っ張っていく。
「お、おい雪男!離せって。」
「ダメだよ、僕以外の人に触れさせて・・・これから兄さんに触れていいのは僕だけだってこと、たっぷり教えてあげるよ。」
そう言ってにっこり笑って俺の唇に触れた。
これからは唇が荒れたら嫌でもリップクリームを使おうと心に決めた俺だった。