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空の下、杯の上

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酒が強かったわけでもないのに、普段は空っぽの部屋に人間が数えきれないと思えるほどに詰め込まれたせいか、日本は酒盛りの中盤にしてすっかり火照った頬を醒まそうと半纏の合わせを扇ぎながら片手で襖を開き縁側に顔を突き出した。脱いだスーツのジャケットを枕にしてシャツの上から日本と同じような上着を羽織った中国が早くも横になっていた。
「なにしてるんですか」
 特に声を冷やしたつもりもなかったのに、肩が冗談みたいに大きく跳ね上がる。
「なななななんでもないあるよ」
「本当になんでもないみたいですね」
「……ああ、日本か」
「ええ、日本ですよ、中国さん」
 するり、体を起こした隣に腰かける。どうぜ韓国かなにかと間違えられたんだろうと踏んで、それ以上の追求はせずに日本は言葉を続ける。酒で口が滑らかになりつつあるのは自覚していたし、相手が中国ならば間違いもない。口が堅いとはとても言いがたいが、日ごろ会話を交わす相手に今更隠せることがあるとも思っていない。
 夜風がまたたくまにうっすらかいていた首元の汗を乾かしていくのを感じながら、もう片手に持ったままだった盆を袖がぶつからない場所に置いた。熱燗から漂う独特の薫りに、中国が眉をひそめる気配がする。
「酔いましたか」
「あーうん、お前んとこの清酒、あれな、やっぱり我の身体には合わなんだ。せめてビールはないあるか?」
「ビールは選択を誤ると水って言われますし、あれこそみなさん好みが違いすぎて面倒なんですよ。アメリカさんとかがやたらありがたがってくれるんで、私的にはこっちのほうが便利なんです」
「私的には、とか変な言葉遣いしてんじゃねーある」
「中国さんの語尾のほうがよっぽど変ですって」
「これは……」
「これは?」
 やたら重々しい雰囲気をまとわせて、
「個性ある」
「字面だけ見たらなんのことだかまったくわかりませんね」
「字面?」
「いえ、気にしないでください」
 攻めたつもりの私のほうが墓穴を掘ることとはさすが中国さんです。言うと、中国はさらに眉間の皺を深めたが反発はしなかった。代わりに半纏のそれではなくてシャツの袖口を引かれ、 媚びるでもなくニュートラルに首を傾げる。
「で、我のぶんは?」
「さっき清酒は飲まないとおっしゃったばかりではありませんか」
「我のぶんは?」
「あ?」
「……日本が怖いある。黒目が大きすぎるのも考えものある」
「それはそれはありがとうございます」
「褒めてねーある!ったく、こんなことなら二鍋頭の一本でも持ってくりゃあよかったあるよ」
 怖いこわいと言いつついったん日本のそばから退きはしたものの、すぐ隣で相変わらずぼやきながらこちらに視線を送ってくるものだから、日本は仕方なく手酌した杯を差し出した。
 と、そのまま前のめりに手首を掴まれて、表面を形式的に舐めただけで口許まで突き返される。飲まされるというよりも口に注がれるようなかたちになって、邪魔になった前髪を頭を揺らして振りはらった。それでも汗で張り付いた束を無造作に払われる。
「旨いか?」
「まずいです」
「それはよくないある。ほれ、もう一杯」
 月に照らされた盃の縁にしがみついたしずくの光が一瞬翳り、猫のように中国が日本の膝の上に上半身を横たえて腕を伸ばした。
 慌てて脚も腕も伸ばして割れ物を遠ざける。膝の上では中国が徳利に指を触れていた。結局そのものを手に取るのは諦めたらしく、一度盆を引き寄せてから徳利を握ってようやく身を離した。
「我が酌してやるから、まあ飲め」
「ではありがたく」
「あ、こら日本。受ける側は両手を添えないか」
「……はいはい」
 しばらくは光と、暗闇と、静けさが続いた。
 日本が杯を干すたびに注がれるとろりとした液体がやがて指の腹が陶器を叩く音を残して終わった。
 それよりも微かに、ほとんど無音で中国が立ち上がる。
「あ」
 しかし襖を滑らせてすぐにかたんと勢いよく閉じた。
「中国さん?」
「あれはR5000ある」
「あっちにいるメンバー、ほとんど私たちより年下でしょう」
「誤差ある」
「それはまた、」
 言い切る前に遠ざかったはずの上半身が思いきり脚の上に落とされる。頭がちょうど腹に当たるかたちとなって、日本はぐえ、と呻いた。咳がそれに続き、中国が体を丸めるようにして爆笑している。そのわりにもはや離れて行こうともしない。相変わらず下腹部でうごめく髪のくすぐるような感触に手を伸ばそうとして、結局は触れないままに終わった。
「ちょっとは手加減して下さいよ……お互い年でしょうに」
 返ってきたのは音のない笑いだった。
「日本」
「なんですか」
 膝下の重みと、すこし寒くなってきた体に伝わる熱。
「……酔ってるんでしょう」
「んー」
 満足気に吐き出した息が白いのを仰ぎ、さらけ出された喉元が震える様を見ていた。
 すると昔を思い出さないわけにはいかなかった。酒の香りをかすかに漂わせて呵呵と笑う姿は縮んだようにも思えるけれど、見下ろした機会の少なさもあって、比べるわけにもいかずに自分でもまた小さく息を吐く。
 思い出すことにはきりがないのに、まだ新しいものが続いている。
 やがてあっさりと降ろされたまぶたの薄さから、天にて輝くものの金色を遮るべく指を降ろした。
作品名:空の下、杯の上 作家名:しもてぃ