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ながさせつや
ながさせつや
novelistID. 1944
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風邪ひいた

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「明日からのナンバー、シズちゃんの誕生日の二乗だから」
 その言葉を手繰り寄せ、携帯の電卓機能で計算をする。ノミ蟲のマンションのエントランスの暗証キーはアイツの誕生日だが、アイツの部屋へ入る扉にもいくらか厳重なロックがあって、そのナンバーキーは何故か毎度毎度、俺の誕生日が絡んでいる。最初は生年月日を一ケタずつ足す、だった気がするし、西暦と月と日を掛ける、だったときもあった。だいたいはひとつきごとに変更されて、あとはこのナンバーキー照合の後に指紋認証で解除がされる。情報屋は信用が大事なんだよ、なんて食った顔で言っていたが、単にこういう仕掛けが好きなだけだろ。
 四ケタと四ケタの計算ではエラーが出たので、西暦含んだ八ケタの二乗でキーを押す。間もなく、指紋照合を求められたので手のひらをセンサーに乗せてやった。ピッ、と電子音がして扉のロックが解除されるのが分かり、そのまま扉を開いて中に入る。
 空気がシンと止んでいる。
(寝てるか……風邪なら)
 見慣れたダークウッドの廊下を進み、寝室に辿りつく。一応の保身を考えているらしいこの家はいたるところに鍵がつけられている。寝室と書斎は特に厳重に。めんどくせぇ。とりあえず、寝室はシリンダー錠三つと今度は静脈認証だ。いつも通りの手順でこなすと、カシャンと音がしたのでドアを開く。キィ、と小さな悲鳴が部屋を少しだけ揺らしたが、ノミ蟲の反応はなかった。
 一歩、寝室に入ると、間違いなく折原臨也がそこにいる、と見て取れた。ベッドがこんもりと丸くなっている。
 道中で買ってきた食材の入ったビニール袋を入口あたりに置いて、ベッドの横に立つ。枕をぎゅっと抱きしめて、ノミ蟲は眠っていた。ここまで来りゃあ起きると思ったんだが……少し、読みと違った。吐息の音はか細かったが、すうすうと確かな分量聞こえた。無造作に放られている体温計を見つけて、本気で熱があったのか、と分かる。嘘ついてどうするよって、話だが。
 まだ熱は高いのだろうか、と額に手を伸ばす。
 その行動はひどく甘ったるいものだと自分でも思ったが、傍にいて弱っている相手に今更だった。さらり、と黒い前髪をよけてやって、額を手のひらでおおう。じわりと熱いが、今すぐどうにかなりそうというわけでもなかった。コイツは元の体温が低いから、思うよりひどいのかもしれないが。
 そんなことをしていたら、もぞりと動く気配がする。しまったか、と思ったが居直るより他にない。
「ん、……んー……あ、れ?」
 瞼を重そうに押し上げて、ノミ蟲がこちらを見やる。ん? と、未だに状況が飲み込めない瞳で。
「しずちゃ、ん?」
「その呼び方はやめろ」
「……なんでいるの、おれ、キャンセルにしたでしょ」
 したよねえ、とごそごそと枕したから携帯を取り出して確認しようとするから、メールは見たけど、と答える。
「じゃあなんでいるの……あ、わかった、おれのことついに殺す? よわってるから絶好のチャンス……とか? サイテー」
「ちげーよ、アホ」
 それも少しは考えないでもなかったが、弱ってる人間に手を出すほど外道じゃない。それが折原臨也でも。誰でも。そもそも弱っていると見せかけて弱っていないかもしれない奴、狙うかよ。
「ならほんと、どしてこんなとこ……俺なにもできないけど」
「別に。飯くらい作ってやろうかと思って」
「……え? シズちゃんがご飯? 料理すんの? 本当は料理、得意なのに器具壊したりするのが面倒だから滅多にしないシズちゃんが? 幽くんには悦び勇んでハンバーグとか作ってあげるけど自分のためにはお湯沸かすのも面倒なシズちゃんが? 俺が卵焼き食べたいって言ったらオムレツ出してきたシズちゃんが?」
「最後のは関係ねぇだろ」
「あれはちょっと寂しかった」
 まぁいいけどさあ、いつもの顔で笑うのでもういいから寝てろと言ってやる。弱ってるときまで笑うなんて馬鹿のすることだ。
「起きたらシズちゃんのご飯と、それからシズちゃんもいてよね。ちゃんと、約束ね」
 行き場なくぶら下げていた腕を取られ、口づけられた。気障ったらしいのに、この男がやると何故かそれがただしいことのように思えて震える。約束だなんて、コイツの口から出たそれは、とても嘘くさいのに、弱ってるからだ、臨也が。ただそれだけだ。なんて、来る前と同じ言い訳をして、返事をしている自分がいる。全く、我ながら馬鹿である。

2010.3.21 新刊サンプル
作品名:風邪ひいた 作家名:ながさせつや